【東京支社】国際リニアコライダー(ILC)の国際シンポジウムで来日した米・ノーベル物理学賞受賞者のバリー・バリッシュ氏とシェルドン・グラショウ氏が岩手日報社のインタビューに答え、実現に向けて日米など各国政府への働き掛けを強める考えを示した。バリッシュ氏は「素粒子物理分野で、日本がリーダーの役割を果たし続ける下支えになる」と建設の意義を強調。グラショウ氏は米国が過去に大型加速器計画を断念し、基礎物理分野に打撃を与えた経緯を踏まえ「日本がILCを断れば、米国と同じ過ちをすることになる」と説いた。

(聞き手は編集局次長・神田由紀)

素粒子物理先導役に

バリー・バリッシュ氏 (米カリフォルニア工科大名誉教授)

「答えが分かっている保守的な姿勢では、科学で大きな前進はない」と建設を後押しするバリー・バリッシュ氏=東京都内〕

 -日本で多額の建設費による投資効果が議論になっている。なぜ立地すべきか。

 「研究所ができれば人が集まり、消費が発生し、技術関連の会社も周辺に集まってくる。経済効果は明らかだ。だがそれが主な目的ではない。必要な理由の一つ目は、素粒子物理分野において日本がリーダーの役割を果たし続ける下支えになるからだ。二つ目は研究におけるグローバリズム。日本が世界中の科学者を集めて統合し、研究を進めることは大きな意味がある。既にILCは設計段階から国際協力が行われている」

 -責任者としてILCを設計した当時より、加速器延長が20キロに短縮された。実験の意義は変わらないのか。

 「建設すべき最も重要な理由は、ヒッグス粒子について理解を深めることだ。20キロに短縮されてもそれは十分に可能。高エネルギーの未開拓分野に進出することは非常にわくわくする。当初計画がもう少し長かった(31キロ)のは、ヒッグスの先にあるものを展望していたからだ。科学者としては一度につくったほうがいいと思うが、段階的に拡張するのもやり方。そうなれば超対称性粒子などを発見できる可能性は高まってくる。やるか、やらないかは政府が決定することだ」

 -超電導大型加速器SSC、重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)、ILCと大型プロジェクトを率いてきた。その経験から各国政府に実現を働き掛ける考えは。

 「もちろんやる。だから私がここにいる。こういった科学の分野で大きな前進を遂げるには、リスクを伴う。答えが分かっている保守的な姿勢では、前進はない。この20年間、(ノーベル賞を受賞した)重力波の検出器の開発に取り組んできた。成功が最初から分かっていたわけではなく、失敗する恐れもあった。だが、取り組むことによって真のブレークスルー(飛躍的進歩)が生まれる」

 「ILCについても同じだ。こういったものにあえて挑戦することで新しい地平を開くことができる。過去10年間、設計に携わってきた。技術開発では、しっかりしたものが既にできている。これが機能するかということよりも、今の段階は費用を賄えるかどうかだ。もちろん高価だが、高過ぎるものではない。ILCによって開かれる素粒子物理の地平は非常に大きいので、ぜひこの方向を追求してほしい」

 バリー・バリッシュ氏 36年、米ネブラスカ州生まれ。82歳。米カリフォルニア工科大名誉教授。重力波を世界で初めて観測した重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)の統括責任者を務め、17年ノーベル物理学賞受賞。05~13年はILC国際共同設計チーム責任者も務め、12年に来県した。


断念は米と同じ過ち

シェルドン・グラショウ氏 (米ボストン大名誉教授)

「今後何十年にわたり、日本が基礎物理の中心地になることは間違いない」とILCの意義を訴えるシェルドン・グラショウ氏=東京都内

 -日本で多額の建設費による投資効果が議論になっている。なぜ立地すべきか。

 「米国ではクリントン政権時代に、超電導大型加速器SSC計画を中止した。これが米国の基礎物理、高エネルギー分野に決定的な打撃を与える結果となり、その後も加速器をつくろうという計画は出ていない。日本が今回の非常に素晴らしい機会を断るとしたら、米国と同じ過ちをすることになる」

 「欧州合同原子核研究所(CERN、スイス)で見つけたものが本当にヒッグス粒子なのか。特性も測定できていないので、それを確認することがILCの役割の一つ。ほかにもさまざまな驚くべき発見をもたらす可能性がある。今後何十年にわたり、ほかの競合する装置が全くできない領域の研究が可能になる。そのような国際的な研究所が建設されるという機会を得ている日本は、非常に幸せな立ち位置にある」

 「例えば(バリッシュ氏がノーベル賞を受賞した)米国のLIGOは、ILCに比べて直接的な経済波及効果は少ないが、価値ある技術を生み出し、さまざまな産業で活用されている。日本が米国や中国など競争相手に囲まれる中で、技術の最先端にとどまり、勝ち続けるためにも何としてもやらなければならない計画だ」

 -各国政府に今後もILC実現の働き掛けをしていくか。

 「能力、体力が続く限りやっていきたい。ただ今回は、日本政府が意思決定する最後の機会だと思う。現政権が決めることができなければ、誰もできないだろう。もし日本が前向きな決定をすれば、すぐに米国が『一緒にやる』と言っても驚きはない。そうなると欧州や中国、ロシアまで一緒にやることも考えられる」

 -ILCがもたらす未来について、一般の人にも分かりやすく教えてほしい。

 「今、日本は基礎科学の分野で多くのノーベル賞受賞者を出すなど、輝かしい時代を迎えている。海の向こうでは賞を取れない人たちが嫉妬を感じながら見ている。この強い状態を維持するためにもやるべきだ。建設されれば、日本が今後何十年にわたって基礎物理学の中心地になることは間違いない。世界中の人たちが集まってくるし、CERNのように観光名所にもなる。日本の科学、物理にとって素晴らしい時代がこの先に広がっていく」

 シェルドン・グラショウ氏 32年、米ニューヨーク生まれ。85歳。ボストン大名誉教授、ハーバード大名誉教授。素粒子の「標準理論」への貢献で79年にノーベル物理学賞受賞。標準理論の先にある物理の探究に向けてILCの実現を応援している。