マスメディアの歴史を人類の文化史という観点から見ると、その多くが最前線に立ってきた。つまりは正誤、善悪を正面から受け止めてきたということだ。この宿命から逃れることはできない。「報道の自由度」は、対象国180カ国中60位台後半だというデータもある。今日の日本において新聞に関わる営みも例外はなく、緊張感を持って当たらなければならない。

 詩人高村光太郎は「岩手の人」において「岩手の人 沈深牛の如(ごと)し」と語っている。本大会関係者も派手さこそないが、光太郎の言うがごとく粘り強く準備を重ねてきた。こうした「岩手らしい準備」を貫けたのも、皆さんが支えてくれたからこそだ。

 今回は被災地の一つ、大槌町を中心にしてスローガン「新聞と歩む 復興、未来へ」に挑む。大槌(おおつち)町の伊藤正治教育長のあいさつを聞いていただきたい。

(録画映像で伊藤教育長あいさつ)

 伊藤教育長のあいさつをどう聞いただろうか。実は、伊藤教育長は3・11の当日、九死に一生を得た方だ。その後も大槌の復興の先頭に立ち献身的に尽くしている方だとは、あいさつだけでは想像できないと思う。ここが「岩手の人」たるゆえんだ。一見した奥に、豊かな深い世界をそなえている。

 (記者にとって)取材のしがいがあるわけで、岩手には、こうした人材が満ちている。どうか皆さん、直接被災地に出掛けてほしい。今回都合がつかない人は、いつか訪れてほしい。現地に立って、3・11の意味を考えてもらい、「復興」へのヒントを与えてほしい。

 今回のような大きな大会は「ハレとケ」の二分法からすれば、当然「ハレ」に相当する。人はその体験を通して、成長できるはずだ。皆さんの真剣な意見をいただくことで、私たちの準備の積み重ね、最後の力をもらい、新しい所へと出ることができる。

 全国各地から1600人を超える皆さんが盛岡の地にお越しいただいたことに感謝申し上げ、基調提案としたい。