2月に5年ぶりのフルアルバム「梵唄-bonbai-」を発売し、全国ツアーに臨んでいる4人組ロックバンドBRAHMAN(ブラフマン)は5月29日、盛岡市の盛岡クラブチェンジWAVEで公演した。3カ月に渡る39公演を今月、宮古市(16日)、大船渡市(28日)で締めくくる。東日本大震災直後から物心両面の支援で被災地に足を運び、県内のライブハウスでステージに立ち続けるボーカルTOSHI-LOW(トシロウ)が、岩手日報社のインタビューに答えた。震災後の経験や本県各地での交流などを経て生まれた心の変化、それを歌に込めて表現する思いを語った。

 ◇東北に足を運ぶきっかけになった場所

 盛岡クラブチェンジWAVEでこけら落としをやったとき(2011年1月)が震災の一月半前。東北に来ているという記憶が鮮明な時に3・11が起こったのは、自分にとってはリアリティーのあることだった。何年か前に行って忘れかけているまちではなくて、ついこの間行ったまちが揺れて大変なことになっているというのが、傍観者ではいられなかった理由のひとつ。一番初めにその気持ちを生んだのはこのライブハウスなのかな。

 ◇会いたい人がいるから

 (沿岸でライブをするのは)「被災地」だからではなく、そこが知っている場所だから。どこかのまちに行くのに理由は必要ない。知ってる人がいるし、会いたい人がいて食べたい物がある。それでいい。ただ出会いは被災地だったというのはもちろん大きな理由ではある。むしろそれが人や物事とのつながりを深くしてくれた。

 ◇被災地に生きる人たちと向き合う中で

 (被災地に生きる人たちは)津波からそのまちが復興するところまでを、みんなに見てもらったり、次の世代につなぐという新しい役目を持ってしまった。人は誰一人として無意味に生まれていない。みんな役割を持っているけれど、その役割に気づく人はとても少ない。「どうして自分の世代がこんな大変な目に」と思う人もいると思う。けれど、その役割を自分で感じたときに、多分、生きる意味や、やりがい、本当に次の世代に残すべきことが見えてくるんだと思う。その役割を感じ取ってほしいと思っている。

 ◇誰かの記憶に一生残る瞬間を

(宮古と大船渡でのライブは)いいライブにしたいとしか思っていない。誰かの心の中で、すごくいいライブだったなと思ってもらえるのがいいライブ。数字とか対価に表せられない喜びをもっと表現していきたい。自分の中でそういう覚悟ができたと思う。

移転した盛岡クラブチェンジWAVEのこけら落としのポスターの前に立つTOSHI-LOW=盛岡市大通・盛岡クラブチェンジWAVE

 俺たちが今後、何か特別な賞を取ったり、記録的なセールスをすることがなくても、誰かの記憶に一生残るようなライブができれば、それで俺たちは幸せで、それが俺たちの成功なんだと思う。そういう意味で俺たちは毎日、幸せなライブをやっていると思うし、バンドは大成功しているのかもしれない。それはイコール自分でも幸せを感じていて、この(震災後の)7年で大きく変わったこと。

 ライブは汗かいて立っているのも苦しい1時間かもしれない。来た人がそれでまた明日も頑張ろうと思えるのもいいし、そうじゃなくてもいい。けれど、その先には俺たちの考える幸せがあると思っている。

 

 TOSHI-LOW(トシロウ) 95年結成のロックバンド「BRAHMAN(ブラフマン)」でボーカルを務める。県内のライブハウスのほか、盛岡市の「いしがきミュージックフェスティバル」などへの出演を重ねる。43歳。茨城県出身。

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 2月に行われたブラフマン初の日本武道館単独公演を収めたDVDとブルーレイ「八面玲瓏(はちめんれいろう)」が13日発売。7月14、15日に住田町・種山ケ原イベント広場で開かれるケセンロックフェスティバルでは、2日目に出演する。

 詳細はブラフマンのホームページ(http://brahman-tc.com/)へ。