今年ほど元号を強く意識した年もない。平成は、実際には今上天皇が退位される来年4月30日まで続くが、今日を限りに年が改まれば「時代」が変わる-そんな感覚にとらわれる年の瀬だ。

 今月23日で85歳になられた天皇陛下は、これが最後となる記者会見で平成の30年間を振り返り「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と語られた。

 昭和は戦争の記憶とともにある。一世一元を預かる象徴天皇として、このお言葉には常人の想像も及ばぬ思いが込められているだろう。

 だが、1989年に始まる平成も決して平穏に過ぎたわけではない。それは一面で、災害の多さや重大さとともに記憶されるに違いない。

 戦後最悪の自然災害とされる2011年3月11日の東日本大震災、日本で初めての都市型直下地震となった95年の阪神大震災をはじめ噴火、地震、豪雨、豪雪、猛暑、台風など、ほぼ毎年のように大きな災害が続いた。

 08年には岩手・宮城内陸地震、熊本地震があった16年には台風10号が本県を直撃。岩泉町を中心に甚大な被害をもたらした。今年も大阪府北部地震や西日本豪雨、北海道胆振東部地震など、災害列島に生きていることを実感させられる事象は引きも切らない。

 わけても東日本大震災は、戦後の荒廃になぞらえて語られることも多かった。地震と津波、原発事故、さらには大規模火災など、複合災害の最たる事例。戦後ならぬ災後、物心両面で日本社会の様相が一変したのは確かだろう。

 そうした観点から、政府が今年を「明治150年」として近代化にまい進した明治の精神に学ぼうと喧伝(けんでん)したことには違和感がある。20年には東京五輪が開かれ、25年の大阪万博の開催も決まったが、それぞれに高度成長期に開かれた「昭和」のイメージを重ねては時流を見失うだろう。

 政府が「復興・創生期間」と位置づけた5年間も、平成の終わりとともに仕上げの時期を迎える。県内の仮設住宅では11月末時点で1396世帯、約3300人が暮らす。このうち持ち家や災害公営住宅の完成を待つ「特定延長」の対象外は167世帯。35世帯は再建方法が決まらず、退去時期も未定という。

 道路や施設などハード面の整備が目に見えて進む一方、個々の生活再建や地域のなりわい再生に向けた課題は多様化の一途。被災者の心に寄り添った個別、具体的な支援が一層求められよう。

 災害の多発が、一方でボランティア活動や寄付文化など個人レベルの社会貢献を際立たせたのも平成。「優しい社会」を育みたい。