安全と繁栄 願い一つ

 奥州支局に着任して間もない5月、江刺甚句まつりで見た江刺鹿踊(ししおどり)「百鹿(ひゃくしか)大群舞」に圧倒された。ずらりと並ぶいかめしい頭(かしら)に、衣装を振り乱す勇ましい舞。同じ「群舞」でも前任地・盛岡市のさんさ踊りとは毛色の違う、畏怖を感じるような神々しさがある。

 10月上旬、江刺梁川地域に伝わる金津流野手崎獅子躍(おどり)=菊池司庭元=の第3代相伝式を取材した。踊り手の世代交代は実に21年ぶりで、幸運にもその瞬間に立ち会うことができた。

 約12メートルのやぐらの上で師匠の2代目が神事を行い、踊りの極意を記した伝授書をひもでつるして地上にいる3代目に渡す。独特の儀式が興味深く、シャッターを切る手に力が入った。

 同団体が指導する岩谷堂高鹿踊り部の練習にも何度かお邪魔した。約15キロの装束を身に着け、汗を流して踊る表情は真剣そのもの。「地元あっての鹿踊り。地域の人たちの期待が励みです」と頼もしい生徒の言葉が胸に残る。

 相伝式も多くの地域住民が見守っていた。神や自然への祈りと親しみ。大昔から人々が鹿踊りに込め、あるいは託してきたであろう思いの深さを想像した。

 猛暑や台風、事件事故など、心の痛む取材も少なくない1年だった。記者の力は鹿たちには及ばぬかもしれないが、地域の安全と繁栄を共に願い続けたい。

(大森葉月)