1902(明治35)年創業。数々の受賞歴を持ち、日本酒「世界一」にも輝いた伝統の酒蔵が、人工知能(AI)を使った酒造りに挑戦している。職人の勘がものをいう世界で、業界初のAI活用。「世界が日本酒で乾杯」を目指して海外にも積極進出する北国岩手の蔵元は、ラグビーワールドカップ(W杯)や東京五輪も見据えて「SAKE」のポテンシャルに新たな未来を見ている。

◇杜氏の勘をデータで蓄積

 岩手県は日本三大杜氏である南部杜氏の発祥地。ちらちらと雪が降り始める12月。県北にある二戸市の酒蔵「南部美人」(5代目蔵元・久慈浩介社長、従業員35人)では、きりっとした冷気の中、新酒の仕込みや出荷が最盛期を迎える。

 100年以上受け継がれてきた酒造りの現場に、新しい光景が加わった。

 酒米が水を吸う状態を映した画像や、膨張や割れの発生率などのデータを、パソコンやタブレット画面を使って見比べる。

 これは「コメにどのくらい水を吸わせ、どのタイミングで水からあげると理想的な酒ができるか」という、ベテラン杜氏が目で見て判断している作業を、AIに学ばせている場面だ。

 日本酒は、コメと米こうじ、水を発酵して造られる。コメの水分含有率が1%ずれただけでも酒の味が大きく変わる上、一度水を吸い込んでしまうと元には戻せない。コメの状態や求めている酒の味、その日の気温や湿度も影響するため吸水の見極めは難しいが、蔵の規模や酒の種類を問わず、必ず行われる重要な工程の一つだ。

「最新技術を活用してより良い酒造りに取り組みたい。AIはその第一歩」と話す南部美人の久慈浩介社長

◇「バックアップがない」危機感

 杜氏がどんな条件のときにどういった判断を下しているか、AIが人間の「目」となりデータを蓄積することで、勘や経験に頼っていた部分の可視化を目指す。ディープラーニングと呼ばれる、人間が行う作業を機械に学習させる手法を応用。昨シーズン実証実験をスタートし、今シーズンから本格的な装置を使って精度を高めている。

 業界初のAI活用に踏み切った背景は「技術の伝承」への危機感。久慈社長(46)は「大前提としてAIだけで酒は造れない。人に取って代わるものではなく、うまく活用して安定継承を目指す」と断言する。その思いの裏には数年前、経営では順調だった他県の酒蔵が「技術者がいなくなった」ため廃業したニュースにショックを受けたこともあるという。

 酒造りの最高責任者である杜氏は蔵に一人。蔵の味や経営そのものを左右する重要な存在でありながら「代わりがいない」ため負担やリスクも大きい。有資格者ら蔵人(くらびと)が複数人で携わり役割分担を進めているが、勘や経験の伝承は容易ではない。

 日本酒造杜氏組合連合会に所属する全国の杜氏数は減少の一途で、70年代には3千人近くいたが、2017年度は681人で20年前と比べて700人以上減っている。南部杜氏協会に登録している杜氏も18年5月現在184人で、10年前と比べて50人近く減少した。

蒸した米を温度が均一になるよう、手でしっかりとまぜる蔵人たち。冬に向けて新酒の仕込み作業が本格化していく

 「パソコンでいうとバックアップもクラウドもない状態。今はまだAIの力は必要なくても、人手不足や技術継承に先手を打ちたい。確立した技術を共有すれば、各地の個性豊かな酒を守ったり、さらに新しい酒を造ることもできる」と業界全体の活性にも期待する。

 AI実験は、伝統文化の継承と最新技術の掛け合わせに取り組む東京の企業「ima(アイマ)」(三浦亜美社長)が協力。三浦社長(33)や技術者が酒造りの工程を基礎から学び、杜氏や蔵人からもヒアリングを重ね、装置や仕組みをゼロから開発している。

 三浦社長は「各地の蔵を回って酒造りを学べば学ぶほど、土地に根付いた造り方があり感動する。だからこそ最新技術を駆使して役に立てれば」と力を込める。

◇国境越え認められるSAKEを

 南部美人は国内外の数々のコンクールで受賞歴があり、今年の全国新酒鑑評会でも2部門金賞、市販日本酒の品評会「サケ コンペティション2018」でも2部門で1位になるなど名実ともに全国の舞台で輝く。

 17年には世界最大のワインコンテスト「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」のSAKE部門で、純米酒が全カテゴリーの中の最高賞「チャンピオン・サケ」に選ばれた。全国の蔵元などから1245点が出品され、半数は外国人の審査員が銘柄を伏せて審査。地元の酒米ぎんおとめを伏流水で仕込んだ「オール二戸産」の純米酒は、豊かで深みのある味わいと、清らかな口当たりとすっきりとした飲み口などが評価された。

「サケ コンペティション2018」では2部門で1位。「世界の乾杯酒」を目指して海外にも積極的に進出する

 海外からの日本酒への高評価は「世界で親しまれるSAKE」を目指して、全国でもいち早く世界に目を向け、どうすればワイン主流の海外で受け入れられるか試行錯誤してきた久慈社長にとって格別なものだった。12月は業界では初めて南米ウルグアイへも出荷したばかり。同社の海外の輸出先としては37カ国目となる。

 久慈社長が今、全国の蔵元と一緒に力を入れているのが、日本酒が乾杯酒として世界の舞台で振る舞われること。これまで海外で開かれた日本文化をPRするパーティーですら、シャンパンなどで乾杯するケースがほとんど。ステージで鏡開きはしても、振る舞われて飲まれることはなく、歯がゆい思いをしてきたという。

◇「世界の乾杯酒」を目指して

 「だからこそ、シャンパンのような『泡』のウエルカムドリンクを造ったんです」。高い技術で先行していた群馬県の永井酒蔵や、ima社の三浦社長が立ち上げに携わり「一般社団法人awa酒(あわさけ)協会」を設立。「世界の乾杯酒を目指す」をスローガンに現在は青森から大分までの14県15社が加盟する。

 厳格な基準で知られるシャンパンの定義に倣い「国産米を100%使用」「アルコール分は10度以上」などの独自の品質基準を設定、外部の専門機関の検査に合格した銘柄だけを認定し「awa酒」として販売している。

 パリの見本市などに参加し、乾杯酒として本格的に売り込み、20年東京五輪までに年間50万本の出荷を目指している。

 岩手県釜石市も会場になっている19年ラグビーW杯や東京五輪では大勢の外国人が日本を訪れ、各地でセレモニーやパーティーの開催が見込まれる。協会では、どんな国の人にも親しみやすいスタンダードな乾杯酒としての普及に力を入れる。

 「おいしい酒を酌み交わしみんなが笑顔になるのを見るのがうれしい」という久慈社長。「日本酒の評価は世界でもどんどん高まっている。日本が誇る文化を守り高めるため、これからも挑戦を続けたい」とさらなる高みを目指す。

連載「伝統技術×革新」

 職人の高齢化や担い手不足が進む日本の伝統技術。岩手日報とYahoo!ニュースの共同企画「伝統技術×革新」では、機械化やAIをうまく活用しながら職人の技術を守り残そうと模索する取り組みを紹介します。