「いきち」という言葉は、医療分野などで一般的な概念という。「生き血」ではない。「閾値」と書く。「閾」は門の内と外を分ける横木。敷居の意だ。「閾値が高い・低い」などと使う

▼幼少時は注射と聞くだけで震え上がり、医者が準備を始めると診察室の窓から逃げ出すような子どもだった、と親から聞かされたものだ。「痛みの閾値」が低かったわけだ。今は大人の見えで何とか耐えている

▼もっとも痛みに耐性があるからいいとは一概に言えまい。かすかな異変に気づくことで大事を免れることもある。「ゆでガエル」よろしく、少しずつ湯温を上げられ気づかぬうちにゆで上がるのではたまらない

▼「幸せの閾値」というものがあるなら、それは高いより低い方が得ではないか。日常のささいな出来事に喜びを感じられる人は、そうでない人より生きやすかろう。地位や名誉や財産だけが人生の価値じゃない

▼国連が156カ国・地域を対象に行う幸福度調査で、日本は今年54位と順位を三つ下げた。3月に公表されたデータだから、正確には昨年の幸福度だろうか。今年の漢字は「災」。「災い転じて福」と願いたい

▼県は、政策評価に「幸福度」という指標を導入するという。「閾値」自体は人それぞれ。くれぐれも「役人の尺度で決める幸福度」(奥州・川端太郎)とならぬよう。