「支援とは時に、重い荷物を持って疲れ果てた人と、高い山に登るようなものです。どうやって登りますか。絶対だめなのは、その人を背中におぶって登ること。なぜなら、その人の山だからです」

 先週末、県立大船渡病院で開かれた県立病院医学会の研修会。講師の瀬藤乃理子・福島県立医大准教授が、切々と語った。神戸市出身で、阪神大震災で被災。悲嘆ケアの専門家として、東日本大震災被災地の支援活動を続ける。

 震災から7年8カ月。本県沿岸部はハード事業の大きな山を越えつつある。だが、その先にも山がそびえる。被災者の自立支援だ。霧がかかっているように、山の高みは見通せない。医療や福祉など対人援助職の多くが、こうした「もやもや感」にとらわれているのではないか。

 被災者支援は課題が山積。高齢化が進む災害公営住宅入居者のサポート、遺族の心のケアなど、長期的な取り組みが欠かせない。

 特に懸念されるのが、行方不明者家族の心のケア。もう戻ってこないだろう、でも、心のどこかに、生きているかもしれないという思いがある-。この特有の心理は「あいまいな喪失」と呼ばれ、人によっては何年も続く。

 支援者は、何とか相談相手の力になりたい、より良い方向に導きたいと手を尽くすが、果たせないと無力感にとらわれがちだ。遺族や行方不明者家族の悲しみが深ければ深いほど、共感性疲労のリスクが高まる。

 阪神では、支援者の燃え尽き(バーンアウト)が大きな課題となった。本県でも、全国からの派遣職員の減少傾向が続く中、支援者の抱える相談事案が深刻化し、負担感が増している。

 被災者の自立を支える体制に、支援者支援をしっかり位置付ける必要がある。被災者を支えつつ、自分たちも守ることを心掛けてほしい。

 支援者は、その人の人生を代わりに生きることはできない。相談相手に過度に入れ込みすぎていないか、自らを冷静に見つめることが大切だ。独りで抱えず職場の仲間同士で語り合い、チェックし合うことも有効だろう。

 瀬藤さんは語る。「支援に際しては、その人のマイナス面だけでなく、プラス面に着目してほしい。完璧に支援できなくてもいい。後に芽が出て、実を結ぶかもしれない」

 被災者の心理的支援は、手探りだった阪神当時に比べ格段に知見が増している。「あいまいな喪失」支援については、瀬藤さんらが著した入門的な本が近く刊行される。

 阪神の苦闘から芽を出し、結実した数々のスキルを生かして、一歩一歩、共に山を登りたい。