まちづくりの芽が生き生きと育ち始めた街がある。「ホップの里からビールの里へ」構想を掲げ、多くの企業や団体を巻き込んだプロジェクトが、全国から熱い視線を集めている岩手県遠野市。そんな国内有数のホップ産地にブルワリーパブが誕生した。手掛けるのはユニークな経歴を持つ地域おこし協力隊3人。ホップ畑から20分という好立地を生かし、進化する街を盛り上げる。

 座敷わらしやカッパが登場する「民話の里」として知られ、数々の映画のロケ地にもなっている遠野市。ビールの原料となるホップの生産量日本一を誇る岩手県の中でも随一の産地だ。キリンビールが期間限定で発売する遠野産「一番搾り とれたてホップ」は人気商品として今年で発売15年目になる。

クラフトビールに導かれて

 ビールを軸としたまちづくりを進める街に、この春オープンしたのがブルワリーパブ「遠野醸造TAPROOM(タップルーム)」。ブルワリー(醸造所)とレストランが併設してあり、気軽に造りたてのビールを楽しむことができる。

 このブルワリーの大きな特徴は、何といってもホップ畑との距離。ホップは収穫から仕込みまでの時間が早ければ早いほど、豊かでみずみずしい香りを生かすことができる。通常は乾燥や冷凍の手法を用いて運ばれるが、遠野醸造はホップ畑から車で20分。まさに「取れたて」ビールを造ることが可能な、全国でも数少ないブルワリーだ。

遠野駅から3分という好立地に立つ店。経費を抑えるため、内装や椅子は自分たちで「手作り」

 店を手掛けるのは、店舗運営と経営全般の袴田大輔さん(30)と、醸造や調理担当の太田睦さん(60)、渉外・経営サポートの田村淳一さん(31)。クラフトビールの魅力と可能性に導かれて出会った3人だ。

 青森県出身の袴田さんは、大手アパレル企業の店長として九州で店舗マネジメントにも携わったが、大量生産・大量消費に疑問を感じ「自分が本当にやりたいこと」を模索するように。そして2016年、ネットで目に留まったのが「ビールの里」構想を進める遠野市が募集していた「ビール醸造家育成プログラム」だった。

 学生時代に世界30カ国を旅し、その土地のビールを飲み歩いていたほどのビール好きという袴田さん。なかでも、ドイツで開かれる世界最大規模のビール祭り・オクトーバーフェストで、人々が自由にビールを楽しむ姿が強く心に残っていた。「お客さんの顔が見える距離で、大好きなビール造りに打ち込みたい」

 同じくプログラムに応募した太田さんは大阪府出身。工学分野の博士号も持ち、神奈川県内で大手電機メーカーに勤めていたが、知人に誘われた縁もあり「ビール造り」というゼロからの挑戦に興味を持った。

 和歌山県出身の田村さんは不動産広告を扱う大手企業を退職し、2人より早く「ビールの里」構想の立ち上げに関わった。16年に地域おこし協力隊として本格的に移住し、醸造家として起業した2人を運営面でサポートする。

「チャレンジができそうな街」

 3人が遠野市に魅力を感じた理由の一つは「ビールの里」構想の下で、さまざまな経歴を持った「プレーヤー」が県内外から集まり始めていたこと。袴田さんは「たくさんの人と一緒に、今までにないチャレンジができそうと感じた」という。

遠野醸造の自社ビールと、遠野地域でブランド化を目指している唐辛子の一種「パドロン」の素揚げ(左)。奥は遠野の「どべっこ漬け」入りポテトサラダ

 「ビールの里」構想の種がまかれたのは07年。国内屈指の産地でありながらホップ農家の減少や高齢化に危機感を抱いていた遠野市とキリンがプロジェクトを立ち上げ、持続的な生産と地域活性を目指して協働で事業をスタートさせた。近年では、まちづくり団体株式会社NextCommons(ネクストコモンズ)や地元三セク、酒造会社などが参画して民間主導の取り組みへと発展し、遠野ブランドの発信に力を入れる。

 さらに、ビールに合うつまみとしてスペインで人気の唐辛子の一種「パドロン」を遠野地域の特産品として育てるプロジェクトも全国に向けて展開し、相乗効果を生んでいた。

 畑で摘んだホップの香りを楽しんだり、ブルワリーでクラフトビールを味わったり。市は「ビアツーリズム」ができる地域を目指して地域おこし協力隊制度を活用し、ホップ農家や醸造家、コーディネーターなど幅広い人材を募っていった。

 そして待望のブルワリーパブの誕生。構想を描いた時から、3人が大切にしたのは「地域に受け入れられ、親しまれる場所に」という思いだった。クラフトビールの魅力を感じてもらおうとイベントを定期開催し、店舗の物件が決まってからはキックオフパーティーを開いて地域の人を招待したり、店に置く椅子を一緒に作ったり。楽しみながら仲間を増やしていった。

生産者との距離を生かして

ホップとビールを活用した遠野市のまちづくりプロジェクトには、全国から視察も相次ぐ

 クラフトビールの魅力とは?

 3人が口をそろえるのがその「多様性」。ビールは、ホップの種類や麦芽、酵母などの組み合わせで、いく通りもの広がりが出る楽しさがある。さらにクラフトビールは、地域にある原料を生かして、そこでしか飲めないビールを造る。ある意味ドラマチックな飲み物だ。

 「初めて飲んだお客さんが『おいしい』と驚いているのを見るのは、本当にうれしいですよ」と太田さん。「みんな『田舎暮らし』とか『都会から地方』とか、そういう文脈で集まっているわけじゃないですよね。ビール造りという夢中になれることがあるから遠野にいるんです」と袴田さん。全国から訪れる視察の対応にも忙しい日々だ。

 畑と醸造所の距離。それはそのまま、生産者と醸造家の距離にも通じる。「こういうビールを造りたいから、こんなホップがほしい。逆に、こんなホップを作ったから新しいビールがほしい―生産者とそんなやりとりができたら楽しいですね」と田村さんは思い描く。「ホップ農家って楽しくてかっこいい、そう思う若い世代が増えるよう一緒に盛り上げていきたいです」

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「巻き込み型」の遠野スタイル

 遠野市では家賃補助などの支援策も奏功し、現在研修中を含め9人が新規のホップ農家として畑を継承。今年に入り、ホップの栽培作業を機械化する新会社を生産者が設立し、キリンと農林中央金庫が計2億5千万円出資するなど動きは加速する。

 一連の「ビールの里」構想は、内閣府やJTBなどの民間企業が主催する「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」コト部門の昨年度の地方創生大賞も受賞した。審査員を務めた株式会社umari(東京都)の古田秘馬代表は「ホップの担い手不足からスタートしている課題に対して、有名な商品などのモノを作るのではなく、いろいろな人が関わる仕組みを生み出している点が全国でも珍しい」と評価する。

 今年から田村さんが実行委員長を務めた夏のイベント「遠野ホップ収穫祭」は4回目を数え、2日間で過去最多の7500人が訪れた。

 遠野市産業部6次産業室の阿部順郎室長は「外からの力と地域の力を掛け合わせて、これからも大勢のプレーヤーを巻き込んで盛り上げていきたい」と期待を込める。

連載「地域づくり×移住」
地方創生の重要性がうたわれるなか、人材の確保や定着が課題となっている。岩手日報とYahoo!ニュースの共同企画「地域づくり×移住」では、実際に移住して「地域を創っている」さまざまな若手に焦点を当て、地方創生の最前線の様子を3回連載でお伝えします。