東京の人口集中に歯止めがかからない。総務省によると東京圏への「転入超過」は12万人に膨れあがり、「地方創生」の効果が見いだせない政府は次々と支援策を打つ。そんな中「ワインと神楽」で知られる人口約5100人、高齢化率42%の山あいの町で、ひときわフットワーク軽く駆け回る青年がいる。生まれも育ちも東京ながら移住してきた若手のブドウ農家だ。

 岩手県花巻市大迫町。この町が大切に育ててきたブドウ産業に今、追い風が吹いている。全国的な国産ワインの人気を受け、町特産のワインは注目度が上昇。収穫を祝う今年のワインまつりには、人口の2倍を超える1万2千人が訪れた。

芽生えた「作り手」への憧れ

 「まさか自分も農家になるなんて、来た時は想像していませんでした」。充実感いっぱいに畑を見渡す鈴木寛太さん(27)。3年前に地域おこし協力隊として東京から移住した。現在の肩書は市の集落支援員、そして、町内で一番若いブドウ農家だ。今季は生食用10アールとワイン加工用20アール(共同栽培)の二つの畑を手掛け、合わせて約2トンを出荷した。

 3年前に初めてこの町に飛び込んだ際、協力隊として与えられたミッションは「高齢化が進むブドウ産業を盛り上げること」。

 大迫町は約70年前「フランスのボルドーに気候が似ている」との着想から当時の県知事がブドウ栽培を提唱。官民一体でワイン造りを始めた。今では町内の第三セクター「エーデルワイン」が造るワインは、国際的なコンクールで金賞を取るまでに成長。市は「ワイン特区」などの取り組みを進め、新たなワイナリーを造る構想もある。一方で、町内のブドウ農家は高齢化も進み「畑を手放したい」との声も出ている。

鈴木さんが愛情をかけて育てたブドウ品種キャンベル。写真入りのあいさつ状を付けて友人やお世話になった人へ贈った

 とはいえ、最初から農家になる道を描いたわけではなかった。協力隊では、町内の農家へのヒアリングや、農作業ボランティアとのマッチング、岩手大の学生団体「ぶどう部」の立ち上げなど、コーディネーターとして活躍。マッチングを通じて町内で新規就農する人材も出た。一方で「自分も作ってこそ、本当の橋渡しができるのでは」との思いが膨らみ、生産者の仲間入りをした。

 ブドウ栽培は機械化をする工程がほとんどなく手作業が中心となる。無事に収穫を迎え「おいしかったよ」「来年も食べたい」というたくさんの声を聞いたときは1年間の苦労が吹き飛ぶ思いだった。

「働きながら暮らせるかも」

 「自分が何かすることで、『ありがとう』と顔を見て言ってもらえる。誰かが喜んだり笑ったりしているのを見るのが、今の自分の喜びです」。鈴木さんは、大迫町で暮らす理由をこう表現する。

 岩手と縁ができたのは神奈川大2年の時。東日本大震災のボランティアで初めて訪れた。数度訪れただけの自分を「かんちゃん、元気かな」と地元の人が気に掛けていると人づてに聞いた。東京育ちの自分にとって田舎のような場所。気が付けば卒業までに7回岩手を訪れていた。

人口約5100人の花巻市大迫町。名峰「早池峰山」に抱かれた自然豊かな町だ

 卒業後は岩手で暮らしてみたいとぼんやり浮かんだものの「さすがに現実的じゃない」と打ち消した。関東のIT企業に就職したが、機械に向かい続ける毎日の中で、岩手への思いが募った。1年目の冬に協力隊の話を聞き「それなら働きながら暮らせるかも」と決断。翌年夏に着任すると、すぐに「かんた」「かんちゃん」と親しまれるようになった。

 井戸端会議からそのまま畑を手伝ったり食事をごちそうになったり。いつも誰かと笑い合える毎日がたまらなく心地良かった。「ここには自分の居場所がある」

 目指す姿は「大迫町の『案内人』兼『営業マン』」。昨年は、地元の人らが交流する場をつくろうと、空き家を改装し「かんたはうす」と名付けた。市のグリーンツーリズム事業で東京の中高生を受け入れるなど、実績を積んでいる。

交流つなぐ「かんたはうす」

 「『かんたはうす』があるから大迫にまた来ることができた」という人も少なくない。昨年、大学のプログラムを通じてブドウ栽培を体験した東京大教養学部2年の黒木壮太さん(20)。この夏に友人を連れて再び町を訪れた。鈴木さんと同じ東京育ちの黒木さんにとって大迫町は「空気のおいしさ、自然の匂い、星のきれいさ。全てが魅力的」な場所。「寛太さんという窓口のおかげで、また来ることができた」と再会を喜ぶ。

隣町の秋まつりでチンドン屋として仲間と演奏を披露する鈴木さん。ギターのほか今はサックスにも挑戦中だ

 大迫ライフを満喫する鈴木さんには、もう一つ「チンドン屋」という顔がある。町に来てすぐ地元の人たちから誘われ、面白そうと参加した。白塗りの顔に真っ赤な口紅、長髪のかつら。初めは恥ずかしかったが、今では会員制交流サイト(SNS)のプロフィル写真にするほどお気に入りだ。

 収穫期も終盤を迎えたある週末。隣町の秋まつりでチンドン仲間と共に演奏する鈴木さんの姿があった。トリを任されたギターのソロでは、こんなアニメソングを歌って会場を盛り上げた。

 「そうだ うれしいんだ 生きる よろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」

 大迫の大地が教えてくれるのは、収穫の喜びだけではない。「生きる喜び」という少し大げさな言葉でさえ、今の暮らしにはあふれていると感じる。自分らしく、一歩ずつ。挑戦は始まったばかりだ。

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定住への柔軟なフォロー

 政府は今、東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)の人口一極集中を解消し、地方に新しい人の流れをつくろうと、移住して起業・就業する人への経済支援を検討するなどさまざまな策を打ち出している。地域おこし協力隊は、対象を高齢者や外国人などに拡大し、2024年度までに現在より3千人多い8千人に増やす考えだ。

 任期後にどう就業・定住に結びつけていくかは大きな課題だが、それぞれの受け入れ自治体に委ねられている部分が大きい。総務省によると17年度までに任期を終えた隊員が同一市町村内に残ったケースは全国で48%。鈴木さんのように就農したケースは約14%だ。

 鈴木さんの場合、市の集落支援員として一定の収入があることや畑や備品は農家から格安で提供されていることなど、任期中に築いた地域とのネットワークや自治体の柔軟なフォローが今につながっている。

 地方創生や地域おこし協力隊に詳しい日本総研の山田敦弘研究員は「自治体は協力隊の受け入れ時点である程度の進路を描くが、暮らしていくうちに本人が最終的な方向性を見いだしていくもの。その土地が好きになれば、積極的に選択肢を見つけて定住したいと思う人は多い。自治体は状況に応じて『それならこんな方法があるよ』と細かくフォローできる体制を」と提言する。

連載「地域づくり×移住」
地方創生の重要性がうたわれるなか、人材の確保や定着が課題となっている。岩手日報とYahoo!ニュースの共同企画「地域づくり×移住」では、実際に移住して「地域を創っている」さまざまな若手に焦点を当て、地方創生の最前線の様子を3回連載でお伝えします。