「青い魚/光る果実/ながれる雲 星のにほひ/ちひさい炎」。詩人立原道造が盛岡市での暮らしを織り込んだ「メヌエツト」の一節。リンゴが色づき空がさえ渡る季節、里山の紅葉も間近だ

▼ちょうど年前のこの時期、立原は画家深沢紅子さんの父の別荘に約1カ月間滞在。日々の出来事、風景や自身について記した文章が「盛岡紀行」(別名・盛岡ノート)として残された

▼盛岡を去る時、夕暮れの丘から「さようなら! このオレンヂ色の靄にみたされた全円よ 微妙な濃淡の浮彫よ そして紫色の南昌山のシルウェットよ」と別れの言葉を告げた

▼近代文学研究家の佐藤実さんの著書「深沢紅子と立原道造」によれば、恋人に宛てた書簡では「この町には あと二日しか ゐないのだと おもふと 胸いつぱいになる そんなにこの町は いいところだつた!」と称賛したという

▼立原が愛した風景は現在少なからず失われた。しかし、着任時は寂しさで、離任時は去りがたい思いで転勤族が渡るといわれる開運橋の異名「二度泣き橋」が象徴するように、自然と人情が織りなす土地の魅力は健在だ

▼盛岡など県内の東京五輪・パラ五輪ホストタウンに各国から視察団が訪れている。詩人が美しい作品を生み出したように、アスリートの好成績につながる街の良さがあると伝えていきたい。