物産販売、3千人呼ぶ

さわや書店フェザン店で事前研修する宮古商高の生徒。販売会で生かすため、商品の配置やポップ作りの工夫を学んだ=9月19日、盛岡市盛岡駅前通

 宮古市磯鶏(そけい)の宮古商高(高橋正浩校長、生徒425人)は毎年、全校で模擬株式会社による物産販売会「宮商デパート」に取り組んでいる。生徒が企画や仕入れ、販売を行い、商売の流れを体験する。本年度は飲食店や物産店など25のテナントが並び、初の試みとして外国人への英語接客を実践する。27、28日に同校で行われる本番に向け、準備を加速させている。

 宮商デパートは2003年度に開始。生徒が1株(500円)ずつ、教員は3株ずつ出資して模擬株式会社を設立し、5月に株主総会を開催。6月に入社試験を行い、ビジネスマナーや授業で学んだ知識が身に付いているかを確認した。

 試験を踏まえ、各テナントのメンバーを学年混成で決める。そのため、普段親しい人と一緒になるとは限らず、協力態勢の確立が大事だ。毎週水曜日の総合学習の時間にテナント集会を開き、どんな商品を取り扱うか、どの年代の客層を狙うかなど、店の目標を話し合い、具体化していく。

 利益を生むため、仕入れ交渉や価格設定をいかに進めるかがポイント。プライベートブランドも企画・販売し、本年度は同市磯鶏の咖哩(かりー)亭(小幡勉店主)と、海の幸を使った「宮商カレー」を開発している。

 同校は、県が指定する県内8校の国際リニアコライダー(ILC)モデル校に選ばれている。ILC計画は本県が国内候補地となっている、宇宙の成り立ちを解明する国際プロジェクト。誘致が実現すれば、英語を話す場面が増えると見込まれるため、生徒は事前に英語接客を学び、本番では県内の留学生らに商品を売る。熊谷咲希(さき)さん(3年)は「海外の人をスムーズに案内できるように頑張りたい」と意識を高める。

 テナント店長や実行委員28人は9月19日、盛岡市盛岡駅前通の盛岡駅ビルフェザン(笹野盤(いわお)店長)で、初めての事前研修を行った。さわや書店フェザン店では、商品陳列の工夫や特徴的なポップを視察。西村龍哉さん(3年)は「商品を手に取ってもらう工夫が参考になった」と熱心にメモを取った。

販売会に向け、テナント運営について話し合う宮古商高の生徒=9月20日、宮古市磯鶏

 今年で16回目の宮商デパートは、地域のイベントとして定着し、例年3千人前後が来場する。17年は過去最多の3718人が訪れ、売上金633万円、利益90万円を達成。1人300円の配当金を出した。

 同年は12月の株主総会で利益処分を協議し、10万円を一昨年の台風被災地の岩泉町に寄付。過去には地震に見舞われた熊本県にも20万円を送るなど、社会貢献を学ぶ機会にしている。

 今年のテーマは「集い」。昨年以上の集客を目指す模擬株式会社社長の黒田春成(しゅんせい)さん(3年)は「将来の仕事に生かせるスキルを学ぶことができる。大勢のお客さんが集まってくれる宮商デパートにしたい」と力を込める。

(岩手日報社)


支える人たち

活動通じ成長見える

山崎明仁さん

 宮古商高の山崎明仁教諭(39)は5年前から宮商デパートを担当し、「活動を通じて成長が見える」と頑張りを見守ってきた。

 仕入れから経理まで一貫して経験する宮商デパート。体験型の学習を通じて、授業での学びを深める。「コミュニケーション能力や企画、段取り力など、社会に出たとき必要な力が身に付けられる。商業の学びの集大成になる」と意義を強調する。

 販売会は、毎年10月に2日間の日程で開催。「初日はだいたい失敗するが、2日目は良くなる。悪い点を改善しようとする姿勢を大事にしたい」と語る。

 宮商デパートは、1年間を通した取り組み。最初は生徒間のコミュニケーション不足で課題に直面する場面もあるが、3年生が下級生を引っ張って壁を乗り越える姿は頼もしい。

生徒の熱意が刺激に

島香友一さん

 年末の株主総会では、その年の改善点について熱い議論が交わされ「お客さんに喜んでもらおうと熱心に取り組む生徒が増えた。他の人の喜びを通して成長できるというのが、子どもたちにとって大切なこと」とうなずく。

 担当教員として「変化」を目標に掲げ、「現状維持では駄目。常に新しいことを考えて、お客さんに喜んでもらわないといけない」と、生徒に柔軟な発想を促すつもりだ。

 宮商デパートでは、プライベートブランドの商品も人気を集める。宮古市千徳の水産加工業丸友しまかの島香友一専務(39)は2016年、地元の良さを伝えたいという生徒の熱意に触れ、同市の海の幸を使った「旨海丼(うまみどん)」を共同開発した。

 生徒には具材によく絡むたれの試作を担当してもらい、毎週のように打ち合わせを重ねた。途中、台風10号豪雨で会社が浸水被害に遭ったが「真面目に取り組む生徒の熱意もあり、何としてでも商品を完成させたかった」と、会社の復旧と並行して開発を進めた。

 「高校生は自分たちにはない感覚を持っているので、いい刺激になった。卒業後もいつかは宮古に戻ってきて、地元を盛り上げてほしい」とエールを送る。