神戸市北区の唐櫃(からと)中(樽本信浩校長、生徒238人)。玄関をくぐると、新聞を貼ったボードがエントランスの先まで続く。23年分の1月17日付朝刊1面。阪神大震災発生から23年となった17日、今年の1枚が加わり、発生当日と翌日の1995年1月17日付、18日付を含め25枚になった。

 掲示は「新聞1面でたどる阪神・淡路大震災23年の変遷」。大震災を経験していない生徒や教職員にその変遷を伝え風化を防ごうと樽本校長(57)が企画した。自身が所有する23年分の新聞をコピー。震災を伝える部分を赤で囲み「震災の課題は年々、形を変え、まだ続いている。震災が終わっていないことを感じてほしい」と期待する。

 大震災発生は午前5時46分、既に新聞の配達が始まっている時間帯。当日の1面はトップが政治記事。震災に一言も触れていないのが生々しい。翌日は一転、炎と黒煙が市街地を覆う航空写真をメインに震災一色となった。

阪神大震災発生から今までの地元紙、全国紙の朝刊1面を読み、話し合う生徒

 翌年からは「阪神大震災からきょう○年」の見出しとともに、仮設住宅、支援金、復興格差、二重ローン、復旧・復興に関わる財政問題や企業の負債、教訓の継承、復興住宅の高齢化と独居死-など、年々、移り変わる震災に伴う課題を伝える。

 一方で、全国紙は2年後の紙面から震災を扱うスペースが縮小。6年後からはトップをほかの記事に明け渡す年もでてきた。

 樽本校長の「1・17紙面」の保管は2010年にさかのぼる。発生から15年、中学生が震災後に生まれた世代になる年だった。大震災の風化を紙面から感じ取り「伝承のために自分たちがどうするべきか」を考える授業に15年分の1面を使った。その後も毎年、1月17日の各紙を保存。神戸市教委を経て現場復帰した今回、全ての掲示を思い立った。

 休み時間になると、教師や生徒が足を止め、張り出された紙面に目を凝らす。3年の沖優歩(ゆうほ)さん、西川陽菜(はるな)さん、星野れもんさん、大迎日葵(ひまり)さんは「多くの支えがあって、私たちがあることを感じる」「心の復興が難しいことが記事から分かった」「南海トラフ地震では津波も押し寄せる。神戸の経験を生かし一人でも多くの命が助かるように発信しなくては」と神戸の軌跡と未来に考えを巡らせた。

 阪神大震災の変遷学ぶ

総合的な学習の時間を使い阪神大震災について学ぶ1年生

 唐櫃中の「新聞1面でたどる阪神・淡路大震災23年の変遷」は、1・17を挟む1月12~19日、阪神大震災を学ぶ学習の一環として実施された。

 期間中、地元自治会長による講話やシェイクアウト訓練が行われ、16、17の両日は朝読書の時間に震災直後に中学生が書いた作文の朗読を聞き感想を書き、17日は総合的な学習で副読本を使った阪神大震災に関する授業が行われた。

 1年1組担任の田村洋幸教諭(31)は総合的な学習の時間、当時、古里・千葉県で受けたインパクトの大きさや神戸移住後、追悼行事で感じた人々の思いを話し「神戸で生きている以上、忘れてはならない、伝えていくべき大切なことを今日はあらためて考える日」と強調し授業を始めた。

 授業終了後は、23年分の新聞に取り上げられた多くの課題について「震災を経験していない自分にとって学ぶことが多い」と実感。生徒とともに考えていく決意を新たにした。

 樽本校長は「震災を経験していない先生も多くなっている。これからは、教師と生徒がともに学んでいく時代。神戸にとって大震災は教育の柱だ」と各教室に足を運んだ。


 樽本信浩校長に聞く 生徒、教師ともに学ぶ教材

 神戸市立中学校教育研究会・社会科部長を務める唐櫃中の樽本信浩校長に震災・防災学習への新聞利用などについて聞いた。

(聞き手 読者センター・礒崎真澄)

 -「新聞の1面23年分」の狙いは。

 「阪神・淡路大震災で学んだ家族の絆の大切さや水のない大変さなど『そやそや、そーやった』と震災直後は、生徒と同じ土俵で話ができたが、15年もたつと『そーなん』といった具合に距離を感じるようになった。当時の話をするだけではだめだ-と肌で感じた」

 「教師も当時まだ幼かったり他府県から移り住んだりと、震災を知らない世代が増えている。毎年、変化する課題を取り上げ震災に終わりがないことを伝える新聞で、子どもと教師がともに学ぶことが目的だ」

 -唐櫃中学区のように被災は大きくなかった地域で震災を学ぶ意味は。

 「神戸市民である以上、同じ思いを持つべきだ。震災当時、勤務していた須磨区の鷹取中では生徒2人が亡くなり2500人の避難者を受け入れたが、子どもたちはボランティアや地域の協力から多くを学んだ。大きな犠牲から学んだ教訓を共有したい。死んでもおかしくない状況の中で生かされた。経験を広く伝えなければならない」

 -大震災を伝える学習の今後について聞きたい。また、新聞を使う意義は。

 「社会科は資料を通し判断する目を育てる教科。戦争経験はないが、平和について教えてきた。防災教育にもつながる。震災の記事がない発生当日から変化する課題を取り上げた紙面まで教材化することで次代の授業に使えるようになる」

 -これまでも新聞を活用してきたと聞く。

 「法律ができるまでや裁判の流れなど実際の出来事を通して理解できる。国名や地域名を探す作業は地理のスタート。コラムの要約は読解力を鍛え全ての教科に通じる。資料を整理した教科書の基をたどる学習が主体的な学びとなる」

 「コツは先々の単元まで考え、とりあえず切り抜き、必要がなくなれば思い切って捨てること。桜の開花予想や3・11、1・17など毎年決まって『ここで使える』というものもあり見通しをつけて集めるのも手だ」