朝礼で発表し壁新聞にした注目記事について語り合う生産管理課員

 「社員が一人の人間として成長することが、会社の成長につながる。一般教養には新聞が一番」。岐阜県関市の岩田製作所(岩田修造代表取締役)は、30歳未満の社員対象に「新聞手当」を支給している。ビジネスに新聞を利用するNIB(ニュースペーパー・イン・ビジネス)の取り組みで「大人のNIE」。社内には、朝刊の記事を話題にした会話が広がる。

(読者センター・礒崎真澄)

 新聞を定期購読し毎月、感想文を提出すれば月2千円を補助する「新聞購読補助制度」は2014年1月スタート。対象46人のうち22人が支給を受け30歳を超えた社員も購読を続ける。

 発案は2代目経営者の岩田さん(69)。「会社を継いだとき、新聞記事で会話ができる文化の薫りがする会社にしたい-と思った」と回想し「新聞社はその日の日本を割り付けで表現している。広告も含め今日の日本を俯瞰(ふかん)でき他のメディアとは違う」と強調する。

 導入から3年。朝礼時、注目記事を当番制で発表する生産管理課は紹介後の記事を模造紙に貼り壁新聞に。課長の川瀬博之さん(46)は「自分と仲間の考え方や読み方が違うこともあり多様な見方の訓練になり、雑談の話題にもなる」と実感。

 吉見尚子さん(31)は補助終了後も購読を続ける。以前は「テレビでいい」と思っていたが、購読後、不明な点を聞き流すだけだった自分に気付く。理解しないと分からないニュース。一日一つの記事から読み始め「今は1面とほかの三つを読むようにしている。分からないことを上司に聞くのも楽しい」と「朝の新聞」が習慣になった。

 制度創設前年の13年7月に始めた「デジタルフリー奨励金制度」はスマートフォンを使わない社員に毎月5千円を支給する制度で、利用者は当初の20人から42人に倍増した。

 デジタル機器が普及し始めた20年ほど前から利便性に潜む「負の側面」を危惧していた岩田さん。休憩時間、社員の多くが会話もせずスマホを手にする光景に異様さを感じ「中小企業が大手に勝てるのは顔と顔を合わせた会話。そこで得た情報を商品開発につなげる社風が失われる」と危機感を強めた。

 当初、社員の反応は鈍かったが全国的に注目を集めると「社長の言っていることは確かなことなんだ」と申請が増えた。岩田さんは「自動車は運動不足を招いた」と指摘し「デジタルが弱くするのは脳や心。車の負の側面に対応するウオーキングやジム通いが、会話や新聞、本を読み、一人で物思いにふけるアナログの時間だ」と説明する。

 同社は3期連続の過去最高益を視野に入れる。岩田さんは「強力な新製品もなく伸びている。会話の増加など制度の影響はゼロではない」と手応えを示す。

 岩田代表取締役に聞く 社員育てる身近な教材

「新聞購読を10年続ければ、社員に自然と力が付き会社の競争力につながる」と語る岩田修造さん

 「新聞購読補助制度」や「デジタルフリー奨励金制度」などを人材育成に取り入れる岩田製作所代表取締役の岩田修造さんに制度の意義や創設の背景を聞いた。

 -人材育成が注目されている。

 「人生体験が基になっている。大学時代、喫茶店の新聞と週刊誌を全部読んだ。社会に出てそれが生きた。大阪の商社では『君に注文を出すという人間関係を築け』とたたき込まれ『非価格競争に徹する』営業方針に結び付いた」

 -会社経営の理念は。

 「『社員が育てば会社の利益が出る』が持論。社のモットー『いつも一歩前へ』も経験からだ。2代目経営者の責任を負った30代、『何とか会社をつぶさないように』と逃げ出したい思いだった。だが『今、何ができるか』と考え続けるうちに40代になり仕事が楽しくなった。10年で人は成長する。聞き、話し、考え、文章に書くことの積み重ねが大切。社員が向上心を持ち10年で仕事を楽しく感じられるようになれば会社は成長する」

 -新聞を使う理由は。デジタルとどう違うと考えるか。

 「新聞は一番身近な一般教養の教材。隅から隅まで読めれば、情報収集力や判断力がつき大抵の仕事はこなせるようになる。野球で言えばキャッチボールや走るといった基礎能力だ。デジタルの便利さを否定はしない。しかし、ボタン一つで仕事が済む単純作業や設計作業支援など知識や技術が身に付かない。記憶に残すにはアナログの手法が必要だ。スマートフォンの利便性も認めるが、インプット(取り込み)だけで満足する風潮がまん延している。情報はアウトプット(成果への反映・表現)して価値が出る。マーカーや切り取りなど手間をかけた読み書きはアウトプット可能な形でインプットする手法。デジタルフリーの『フリー』は『束縛からの解放』の意味だが以前、新聞で目にした言葉だ」

 -二つの制度創設の経緯は。

 「負の側面を指摘した寄稿や本を社員に読ませた。『一理ある』とは言うが『変えよう』との動きにはならなかった。『社長は本気』とのインパクトが必要と感じデジタルフリーを思いついた。新聞補助は以前、購読2紙目の経済紙を補助する制度を設けたが、数年前に申請がなくなっていた。人材育成を一気に進めようと考えた」

 -強制ではなく補助制度だ。

 「押し付けでは新聞を読んでも効果は出ない。スマホをやめるのも自発的でなくては意味がない。目的は『人として成長してほしい』『デジタルの負の側面に備えてほしい』との私のメッセージだ」

 -効果は見えてきたか。

 「社員が結婚式で『新郎は3、4年前から急に変わった。新聞を読み、部屋に夏目漱石や太宰治の本が並ぶ』と紹介された。新聞感想文もレベルが上がっている。うれしいことだが満足はしていない。10年取り組めば、すごく変わるだろう。経営者のロマンだ」