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文化庁・推薦決定
 2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産登録を目指す「平泉−浄土思想に関連する文化的景観」は、文化庁が21日に推薦を決めたことで、県や関係市町の取り組みは大きな関門を一つ越えた。意義ある節目を機に地域の遺産を見つめ直し、岩手の誇りとして敬い、受け継いでいく県民意識の醸成が求められている。


「浄土思想」を前面に 独自景観 どう発信

 「文化遺産」から「浄土思想に関連する文化的景観」へ−。

 今回の推薦決定を機に、「平泉」のタイトルが変わった。文化遺産という抽象的な表現から、やや長くはなったが、遺産の価値をより具体的に示す内容に変更された。

 背景には、6月に開かれた国際専門家会議での指摘がある。「骨寺村遺跡や浄土庭園だけが文化的景観ではない。平泉全体が文化的景観であり、そこには日本独特の浄土思想がある」

 こうした結論を反映した新たな表題は、多様な要素を持つ平泉のイメージを一つにまとめ上げ、登録推薦書に説得力を加えた。

 推薦書の作成委員で、岩手日報夕刊で「平泉なぜ!?」を連載する大矢邦宣盛岡大教授も「義経と言っても、世界には通用しない。国内基準とのギャップをどう埋めるかが課題だったが、これで方向性がすっきり整理された」と、一つのヤマ場を越えたと実感する。

 鍵を握る推薦書は、04年から作成作業に着手。有識者による作成委員会(委員長・工藤雅樹東北歴史博物館長)の指導を得ながら、県教委が中心となり、ユネスコが示す指針や先行事例も参考に取り組んできた。

 実務を担当してきた県教委の阿部勝則文化財専門員は、もともと発掘調査が専門。「先行事例も平泉にとって参考になる点とならない点があり、こんなに勉強したことはなかった」と世界を相手にした作業を振り返る。

 現時点で推薦書は、日本語にして60ページ余り。これにスライドやビデオ、図面などの資料が加わり、英訳されて来年2月までにユネスコの世界遺産センターに提出される。タイトルにある浄土は、英語でピュアランド。厳かな雰囲気がそのまま伝わりそうだ。

 翻訳作業を全面的に担う東京のシンクタンク・プレック研究所は、過去にも世界遺産登録の仕事にかかわっている。担当者の石垣良弘さんは「仏教用語など日本独特の言葉も、海外に向けきちんと伝えたい」と話す。

 今年4月に文化庁から派遣された県教委生涯学習文化課の斎藤憲一郎総括課長は、平泉の1年先を行く石見銀山遺跡(島根県)に関する推薦作業の経験者。今回の節目の意義を「県や関係市町の取り組みが認められた証し」と解説する。

 ただ、世界遺産は年々増加を続け、世界で800件を超えた。目的が遺産の保全であるだけに、管理しきれない規模には増やすべきでない−との声も出始めている。

 これまで日本政府が推薦したものはすべて世界遺産となり、21日の文化審議会分科会でも平泉の価値は高く評価された。それでも「どれだけ準備をしても、確実ということはない」というのが、推薦作業に携わる関係者の本心という。

 あと2年。引き続き万全の準備が求められる。

【写真=空から見た平泉。空間全体を「浄土」景観ととらえ、世界に送り出す】

(2006.7.23)



遺跡復元と景観対策 時間かけ話し合い

 遺跡の復元と景観。世界遺産への推薦が決定した「平泉」に残された2つの課題だ。

 「平泉」の史跡の1つ、柳之御所遺跡は、北上川遊水地事業に伴う1988年から延べ6年にわたる緊急発掘調査で出現した。「吾妻鏡」に記された奥州藤原氏の政庁跡「平泉館」と考えられる同遺跡は川底に沈み、失われたと思われていただけに、世界遺産登録に向け大きな弾みとなった。

 遺跡からは、貴族が宴会で使った大量のかわらけのほか、中国産の陶器などが出土。堀や池も確認された。この貴重な史跡の歴史的背景、価値などを初めて訪れた人にも理解してもらうため、県教委はガイダンス施設建設と建物の復元計画を進めている。

 推薦決定直前の19、20の両日も、平泉遺跡群調査整備指導委(河原純之委員長)を開催、有識者から助言を受けた。しかし、どのような建物だったかなど、いまだに専門家の意見が分かれる場面が多い。

 果たして本登録までに結論は出るのか。そして復元はできるのか。この疑問に河原委員長は「復元のいかんで世界遺産が決まるわけではない」と冷静だ。「登録とは切り離し、時間をかけて話し合い、当時とそのままの実物大の柳之御所を復元したい」と焦りはない。

 一方、6月の国際専門家会議で指摘された鉄塔の景観問題。指摘を受け、増田知事も定例会見で「将来的には移設し本来の景観に戻すことが必要だろう」と発言した。

 しかし、東北電力が「鉄塔移設については計画も立っておらず、予算や工期について予想もできない」と説明するように、2年後の本登録までに鉄塔を移設するのは現実的に不可能。自治体や企業だけで解決できる問題ではなく、協議会の結成などによる長期的な話し合いが不可欠となる。

 推薦書には、史跡の価値を証明するだけでなく、保全に影響を与える可能性のあるさまざまな条件や、それを補い保護・管理するための措置策についても明記している。

 県教委生涯学習文化課の中村英俊文化財・世界遺産担当課長は「あらゆる指摘に対応できるよう努め、推薦書を作成した。ただし、今後も必要に応じて具体的な方策を示すことができるよう作業は続く」と理解を求める。

 松尾芭蕉は平泉を訪れた際、「秀衡が跡は田野に成りて、金鶏山のみ形を残す」と表した。奥州藤原氏が滅びてから約800年。失われた建物は多く、景観も時とともに徐々に変化していった。

 2つの課題の議論は推薦の正式決定、現地審査そして、正式登録後も続く。それは世界遺産登録がゴールではなく、「平泉」を保存し未来へ引き継いでいくという結論がすでにあるからだ。

【写真=発掘作業が続く柳之御所遺跡。正確な復元に向け議論は続く】

(2006.7.24)



県民の意識醸成と観光 ”浄土”の魅力発信

 「世界遺産はお寺や平泉町だけのものではない」。奥州市江刺区で19日開かれた講座で、県文化振興事業団埋蔵文化財センターの相原康二所長は「奥州市の中の『平泉の文化遺産』」と題して話し、こう強調した。

 会場には市民約40人が集まり、熱心に聴講。相原所長は「奥州市全域が平泉の遺産と関連が深い。住民が身近にある遺産について、最低限のことは話せるようになりたい」と訴え、遺跡の体験発掘などもその契機になると持論を展開した。

 2年後に向け、平泉町のみならず、県民全体の関心をどう高めていくか。市内に白鳥舘遺跡(前沢区)、長者ケ原廃寺跡(衣川区)の2つのコアゾーン(核心地域)を持つ奥州市は、5つの区を5回巡る世界遺産講座を1年間かけて実施している。

 市世界遺産登録推進室の小野寺正幸主幹は「江刺も平泉とは前史からのつながりがある。合併で奥州市となり、さらに広がりを持たせながら盛り上げたい」と意気込む。

 観光資源に−との期待も膨らむ。増田知事は推薦決定前日の20日、盛岡市内のシンポジウムで東北各県の知事を前に「観光が登録の目的ではないが、結果としてたくさんの人に地域を見てもらうことにつながる」と述べ、世界遺産ブランドに寄せる思いを披露した。

 県は現在、平泉観光の行動計画を策定しており▽新たな平泉のイメージ形成▽情報発信の強化▽海外からの誘客対応−などを重点に据える。「登録前年」となることが想定される来年夏はJRによる大型観光キャンペーンも予定され、旅行業者には平泉関連の旅行商品開発を強く働き掛ける。

 県観光経済交流課の橋本良隆総括課長は「遺産登録は大きなエポック。平泉は知的好奇心を求める観光客を引きつけるなど、他の観光地にない要素を持つ。まずこの魅力を伝えること」と語る。

 もちろん、一過性のブームであってはならない。県教委生涯学習文化課の斎藤憲一郎総括課長は「登録は遺産を守っていく世界的な責任が生じるスタート」と指摘する。

 今回の推薦に当たっては、個々の寺院や遺跡が世界遺産なのではなく、空間全体が世界遺産だ、と価値をとらえ直した。

 盛岡大の大矢邦宣教授は「平泉は日本独特の現世浄土。だから住民は浄土の住人、住宅も浄土の構成物になる。今は損なっている点もあるが、これから本当の浄土にしていくことが、私たちに課せられている」と説く。

 ただそれは「すぐに家を壊せ、ではなく、長い時間をかけて取り組むこと。骨寺村も今は価値が分からなくても、50年、100年と維持できたら、今以上に光り輝く」とも。

 日本人の理想郷、浄土空間としての平泉。これからの道のりを前に、県民一人一人があらためてその価値の重さを知り、胸に刻みたい。

(報道部・細田清、村上俊介)

【写真=一関市の骨寺村荘園遺跡。将来にわたり、この景観を守っていく責任がある】

(2006.7.25)


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