4.源義家の誤算
勢力拡大を朝廷が警戒

 後三年の合戦は清原氏一族の内部分裂が戦いにまで発展したものであった。源義家は、清原氏の双方の陣営が戦いを交えている最中に陸奥守として多賀国府に赴任し、はじめ真衡に、真衡の死後は清衡に加担した。結果的に義家は、清衡が覇者となることに大きく貢献することとなったが、もちろんそれが義家の真意だったわけではなかろう。

 源義家は前九年の合戦の時にも父の源頼義に従って戦っている。そして合戦後、頼義は伊予守(いよのかみ)(伊予は愛媛県)、義家は出羽守(でわのかみ)に任じられている。しかしこれは頼義・義家父子にとって、満足できる論功行賞ではなかったらしい。頼義はさまざまな理由をつけて、伊予国への赴任を先延ばしして2年間も陸奥国に居座り続け、義家は父頼義の任国伊予と出羽は遠く隔たっていて孝養を尽くしがたいという、あまり理由にもならないようなことをあげて出羽守を辞任し、欠員となっていた越中守(えっちゅうのかみ)(越中は富山県)に任命されるよう願い出ている。

 露骨な不満

 いずれもあからさまな論功行賞に対する不満の表示である。不満の原因は清原武則が鎮守府将軍に任命されたことで、それによって源氏は、東北北部に対して力をふるう道を失ってしまったのである。

 義家は父の頼義が課題として残さざるを得なかった、東北北部を源氏の支配下に置く機会を狙っていたにちがいない。出羽守を辞した義家は(希望通りに越中守にはなれなかった)、間もなく下野守(しもつけのかみ)(下野は栃木県)となっている。たまたまこの時期に、藤原基通(もとみち)という者が陸奥の国印と国倉の鎰(かぎ)を奪うという大事件が起こった。この時の陸奥守は延久の合戦の当事者でもあった源頼俊(よりとし)であったが、基通は陸奥守のもとへではなく、下野守の義家のもとに自分から降参に赴いたのである。義家は基道を京都に連行し、朝廷では基通の罪について審議した。

 この事件は、40年ほど前に南関東で起きた平(たいらの)忠常(ただつね)の乱にも匹敵する大事件である。忠常の乱の時には義家の祖父・頼信(よりのぶ)は戦わずして忠常を帰降させており、これを機に源氏の勢力は関東に強く及ぶようになった。前九年の合戦で頼義が起用されたのも、父・頼信が築いた源氏の勢力をたのみとしたものであった。前九年の合戦で源氏は、どうしても衣川の関を突破できず、清原氏の力を借りざるをえなかったのではあるが、多賀国府を中心とする南東北には勢力を扶植したことであろう。南東北に勢力を有していた藤原基通が義家に帰降したのもそれ故(ゆえ)であった。

 陸奥守解任

 義家の陸奥守任命は、清原氏一族の分裂の情報を得た義家が、清原氏を倒すか、少なくとも清原氏の力を大幅に殺(そ)ぐことをねらって、摂関家にも働きかけて得られたものであった可能性が高い。義家の目論見(もくろみ)では、陸奥守という公的な地位をふまえて清原氏に対すれば、容易に目的を達することもでき、朝廷も義家の行動を容認するだろうと踏んでいたのであろう。だからこそ源氏は総力をあげてこの戦いに臨んだのである。

 しかしながら白河上皇は、義家がこれまで以上に勢力を持つようになることに警戒的になっていた。朝廷では合戦を停止させるために使者を派遣し、合戦の処理法についてもさまざまな協議をしている。合戦の後に義家は、清原氏の謀反ぶりは前九年の合戦の際の安倍貞任らを越えるものだったので清原氏を討ったのだと主張したが、朝廷は戦いを私戦と認定して義家の陸奥守を解任し、義家の処分までが協議されている。

 さらに白河上皇は、義家の威勢の拡大を抑えるために、対抗馬として義家の弟の義綱を重用し、寛治5(1091)年には義家と義綱の郎党がお互いに所領のことで争い、義家と義綱が互いに戦いをはじめる寸前に至ったこともあった。

 その後、義家の嫡子の義親(よしちか)は九州や出雲で乱行を重ね、白河上皇に重用された伊勢平氏の平正盛(まさもり)が追討使に任命され、討ち取られた。源氏ではその後も内紛が続き、保元の乱・平治の乱は源氏の衰退を決定づけた。この間に、平正盛の子・忠盛(ただもり)、孫・清盛(きよもり)が台頭したことは知られている通りである。

 清衡が清原氏の有していた力を発展的に継承し、白河の関以北に君臨することができた背景には、中央で源氏が衰退を重ねたという事情もあったことがわかる。そして、平泉藤原氏が白河の関以北を押さえたことで、源氏は頼義・義家の2代にわたって築いた東北南部に対する力までも排除されてしまったことになる。このことは源氏歴代のうらみとして伝承され、頼朝の心にも強く焼き付けられていたのであった。

【写真=秋田県横手市の後三年合戦古戦場跡に整備されている平安の風わたる公園。源義家(右奥)と藤原(清原)清衡のブロンズ像がある】


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