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悲願の登録 平泉の文化遺産

資産追加への道 原点の発掘調査続く 2011年7月1日

 

 平泉に続け−。一戸町の御所野遺跡を含む「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」は2015年度の世界遺産登録を目指す。

 だが、平泉の登録に至る経緯は審査の厳格化を如実に反映。「浄土世界」を成立させた奥州藤原氏の拠点・柳之御所遺跡すら構成資産から除外されたことに、御所野縄文博物館の高田和徳館長(61)は「個々の資産をかなり吟味する必要がある」と気を引き締める。

  「吟味」の大前提となるのが発掘調査。同遺跡では1989年以来継続的に調査を重ね、縄文人の精神性に迫る成果を挙げている。

 一方、柳之御所遺跡でも本年度の発掘調査が始動。「これまでの調査成果をしっかりまとめ、今後も地道に調査を進め追加登録を実現したい」と県教委生涯学習文化課の鎌田勉主任主査(52)。奥州市の白鳥舘遺跡、長者ケ原廃寺跡、平泉町の達谷窟、一関市の骨寺村荘園遺跡の追加登録への道も、継続的な発掘調査から始まる。

 柳之御所遺跡は一関遊水地事業に伴う88年からの大規模発掘調査による数々の成果が注目を集め、保存が決定。世界遺産登録運動の原点となった。

 最終的に構成資産からは外れたが、平泉の登録を可能にしたのは同遺跡の発掘成果を核とした研究の進展と同遺跡保存運動が物語る文化財保護への県民意識の高まりでもあった。安倍・清原氏時代の遺跡や、東北全域に広がる藤原氏時代の遺跡調査成果の蓄積も大きく寄与したと言える。

 「世界の宝」を守り伝えるという一歩を踏み出した本県埋蔵文化財保護行政。そして今、新たなステージに直面しようとしている。東日本大震災からの復興に向けた沿岸部の再開発に伴う大規模緊急発掘だ。

 文化財保護法は、遺跡がある土地を開発する際は教育委員会に届け出て協議し、保存が難しい場合は緊急発掘調査をして記録保存することを定める。95年の阪神大震災では、全国各地の埋蔵文化財関係者が再開発に伴う発掘調査に携わった。

 当時、本県からただ一人派遣された鎌田主任主査は「住民の批判を覚悟していたが、むしろ『自分の住む土地にこんな歴史があったんだ』と感謝された」と振り返る。

 県教委によると、沿岸部の市町村には3612カ所もの遺跡がある。遺跡が住民生活の妨げとならず、調査が復興のスピードに即応し、歴史文化と共にある地域の再生に貢献することができるか。道のりは決して平たんではないだろう。

 だが、平泉に結実した高い県民意識こそ、地域の再生と歴史文化継承を両立する道を開くと信じる。その時、真の意味で平泉は復興のシンボルとなる。

(報道部・川端章子、一関支社・千葉隆治、学芸部・黒田大介)

【写真=本年度の発掘調査が始まっている平泉町の柳之御所遺跡。地道な調査継続が追加登録への道を開く】

(終わり)


 
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