WWW http://www.iwate-np.co.jp

 「平泉の文化遺産」は2008年の世界遺産登録に向け、県などによる登録推薦書の作成が大詰めを迎えている。推薦書に国際的な視点を反映させるため開かれた国際専門家会議では「登録はゴールではなくスタート。人類みんなの遺産を次世代に伝えるため、保全に全力を尽くさなくてはならない」と、世界遺産の意義が指摘された。登録まであと2年余り。残された期間に、地元として何に取り組むべきか課題を探る。

@景観どう保つ  さらなる法規制必要 2006.6.22


 「平泉町の金鶏山に見える鉄塔。あれは何かの間違いだと思った」。

 国際専門家会議で現地視察した国際記念物遺跡会議(ICOMOS、イコモス)オランダ委員会委員のロバート・デ・ヨング氏は会見で尋ねられ顔をしかめた。

 文化遺産にとって、景観をどう保つかは重要な課題だ。会議では、現代生活の基盤整備は、遺跡の保存と環境保全に十分配慮し、計画的に進めることが必要−とされた。

 東北電力は2002年から、JR平泉駅周辺から毛越寺までの電線地中化を手掛け、07年には完了する予定だ。同社は「今後の計画は、国や地方自治体、企業などで組織する協議会の決定に基づき実施する」と説明する。JR東日本は「東北線のルートを変えるのは技術的な面で難しい」としている。

 平泉町は05年1月に景観条例を施行。同年10月には景観法に基づく景観行政団体となるなど、世界遺産を視野に景観を守る取り組みに力を入れてきた。

 景観にそぐわない看板は、町のプロジェクトチーム「町の景観づくり」のメンバーと協力し、違反広告物の設置業者に土地を貸さないように依頼する文書を配布。広報にも載せて周知を図った。

 県の04年からの指導で、違反広告物110件のうち半分以上が撤去や移設などで改善されたが、いまだに協議中の業者もある。県の屋外広告物条例には適用除外があり、県内一律の条例で景観を守るのは難しいのが現実だ。

 町建設水道課の高橋和夫課長補佐は「これから策定する景観法に基づく景観計画で、より厳しい規制をかけることが必要になる」と話す。

 「平泉の文化遺産」国際専門家会議に訪れた中国や韓国の専門家は「平泉は世界遺産登録に値する都市だ」と高く評価した。

 しかし、中尊寺仏教文化研究所の佐々木邦世所長は、世界各国の世界遺産を視察した経験から「電線や看板がこんなにある世界遺産は世界中どこにもない。住民が、行政と一体になって業者を回り、説明していかなくてはならない。まずは、私たちが本気にならないと」と強調する。

【写真=平泉のシンボルの一つの金鶏山。山の右中腹に見える鉄塔や電柱が海外の視察者から不評だった】


A自然との共生  恒久的に守る「責任」 2006.6.24

 「さまざまな自然の地形がそのままの姿で残り、寺院などの史跡とお互いにかかわり合っている」。

 国際専門家会議を終え、記者会見で国際記念物遺跡会議(ICOMOS、イコモス)オランダ委員会委員のロバート・デ・ヨング氏は平泉の文化遺産について、こう印象を語った。

 ユネスコ世界遺産委員会が定義する文化遺産はこれまで、ヨーロッパの教会などの建築物や遺跡が中心だったが、近年は人間と自然が共生している文化的景観も登録、保護される方向になってきた。

 平泉は12世紀、奥州藤原氏によって仏教的理念に基づき築かれた。中国王朝をまね、碁盤の目のように街路を整備し、その後幾度の変遷を経た京都、奈良に比べ、平泉は山や川などの自然景観をそのまま都市に取り込んだ日本的な大都市の先駆けだった。その遺跡は今も私たちの足の下に眠る。周囲の景観を眺めると、当時の栄華をしのぶことができる。

 平泉文化のシンボル的存在なのが中尊寺と毛越寺の中間にある国指定史跡の金鶏山。藤原秀衡が宇治平等院の鳳凰堂を模して造営した無量光院は、伽藍(がらん)の真後ろに山が位置するように設計され、独特の宗教世界を構成していた。

 建造物に加え、初代藤原清衡が戦争を否定し平和への願いを込めた中尊寺や、二代基衡が造営した毛越寺には、能や延年舞をはじめ、さまざまな行事が800年の時を超えて営々と受け継がれている。

 平泉の文化遺産は今後、さらなる広がりを見せる可能性を秘める。奥州市衣川区の衣川遺跡群は、国土交通省の堤防建設事業に伴う事前調査で発掘された。建物跡や池跡などの重要な遺構が次々と発見され、往時の都市・平泉が衣川以北にも広がっていたことを示す遺跡として注目された。県教委は5月末に、「遺跡の全体像を明らかにする」と堤防建設計画を休止して周辺部の調査を行う方向性を発表した。

 「世界遺産に登録されると、その遺跡や景観を守る大きな責任を負うことになる」とデ・ヨング氏は語る。遺跡の保護などとともに自然との共生も恒久的な課題となる。

【写真=都市・平泉は山や川などの地形を生かして建設された。地下には多くの遺跡が眠っている】


B本寺の農村景観  保全と生活どう共存 2006.6.26

 ようやく草丈が伸び始めた稲の葉が揺れる一関市厳美町本寺地区の水田。須川岳から吹き下ろす風から住居を守る屋敷林「イグネ」に囲まれた家々が点在する。

 一見、何の変哲もない農村風景だが、同地区は「平泉の文化遺産」のコアゾーン(核心地域)の一つ。「一関本寺の農村景観」として5月、全国で2番目に国の重要文化的景観に答申された。14世紀ごろに描かれた、骨寺村荘園絵図の地形が残っていることが決め手となった。

 国際記念物遺跡会議(イコモス)オランダ委員会委員のロバート・デ・ヨング氏は「(何世紀も前の)地形がそのままの姿で残っていることは素晴らしい」と、現地視察で最も印象に残った場所に本寺地区を挙げる。

 城や寺などの史跡とは違い、一般の人にその価値を理解してもうらうのは難しい。人が住んでいる田園風景が評価されているが、いまだに「どこにでもあるただの田んぼ」と話す地元住民も。訪れた観光客らに、その価値をどう伝えるか。施設建設や駐車場確保など、検討課題は山ほどある。

 深刻なのが住民の高齢化。地元の地域づくり推進協議会の佐藤武雄さん(72)は「専門家の評価を聞いて、うれしさ半分、心配半分。みんな年を取ってきており、営農をいつまで続けられるか、どのくらい地元の負担が増えるのかなど、分からないことは多い。登録までに、少しずつでも態勢を整えなくてはならない」と受け止める。

 同協議会は昨年から、県内外から参加者を募って荘園での田植え体験や遺跡巡りを行い、一般の人々に関心を高めてもらう活動を行っている。

 同協議会の佐藤弘征相談役(62)は「今年は初めて、国学院大の協力で休耕田を再生させることができた。水田や里山が広がるこの景観を守るため、ゆくゆくは大学や企業などと契約したオーナーシップ制度などが実現できれば」と期待する。

 市は、昨年11月に世界文化遺産登録推進本部を組織。本部長を務める坂本紀夫助役は「地元に負担を強いるだけでなく、全国の皆さんの応援をいただきながら、景観を守る支援策を考えなくてはならない」と語る。

 「韓国の人々にとって、文化的景観とは美しいだけでなく質の高い生活を送ることができる地だ」というイコモス韓国委員会副会長を務める黄☆源(ファンキーウォン)ソウル大教授。荘園風景を守るとともに、そこに暮らす住民が安心して生活が送り続けられる環境づくりが必要だ。

※☆=王へんに其

【写真=中世の荘園の姿を今に伝える一関市の骨寺村荘園遺跡。地域住民の高齢化が進む中、景観保全方法の模索が続く】


C住民意識の高揚  教育、啓発の拡充必要 2006.6.28

 「この地域に住むわたしたち自身が文化遺産について正しく学んで理解し、大切に守り続けることが、世界遺産への第一歩になる」。

 「平泉の文化遺産」国際専門家会議の世界遺産フォーラムで一関一高3年の荻荘瑶子さんと一関二高3年の浅井希恵さんが発表を終えると、会場から大きな拍手が送られた。

 荻荘さんと浅井さんは、一関地区と奥州地区の小、中学生が平泉の文化遺産について学ぶ「ときめき世界遺産塾」のジュニアリーダー。中尊寺や毛越寺などの平泉町内の遺跡のほか、昨年度は神奈川県鎌倉市を訪れ、武家文化について学習した。

 浅井さんは「わたしたちがこれから、世界遺産を守っていく。学校などでもっと分かりやすく教えてほしい」と教育の必要性を強調する。

 平泉町の佐藤敏雄教育長は「総合学習の時間などで小・中学校でも地元の歴史や文化を教えているが、普段見慣れたものは、価値が分かりづらい。今後は、平泉の文化遺産の価値を再認識し、大切に思ってもらうための教育方法を考えていく」としている。

 同町は昨年から、官民協働のプロジェクトチームを立ち上げ、観光や景観づくりについて話し合っている。観光おもてなしチームは、観光バスに手を振ったり、石にかわいらしい絵を描いてお土産にして配ったりと、ユニークな活動を展開する。

 住民の意識も徐々に高まってきている一方、こうした活動にかかわっていない住民からは「中尊寺、毛越寺だけで世界遺産になれるのか」「価値がいまひとつ分からない」との声も聞かれる。

 今年7月にも世界遺産登録が見込まれる島根県の石見銀山遺跡の担当者は、フォーラムで住民160人が参加して「守り、伝え、招き、活(い)かす」保存管理のアクションプラン(行動計画)を策定した事例を紹介した。

 昨年、世界遺産登録が実現した和歌山、奈良、三重の3県にまたがる「紀伊山地の霊場と参詣(さんけい)道」の担当者は「保存管理計画だけでなく、遺産に対する愛情が欠かせない。見返りを求めず子どもを育てるように遺産を『おもり』していかなくては。地元の人の意識の高揚が、景観を守る」と力を込める。

【写真=中尊寺で文化遺産について学ぶ「ときめき世界遺産塾」の参加者。将来にわたり遺産を守るため、教育が果たす役割は大きい=6月24日】


D通訳ガイド不足  県独自の資格制定も 2006.6.29

 「ガイドでは笑顔で大きな声で話してください。失礼のないよう、清潔で動きやすい服装を」

 今月中旬に平泉町で開かれた「ひらいずみ通訳・ガイドの会」(岩渕勝夫会長)の勉強会。さまざまなトラブルを防ぎ、共通のルールを示そうと本年度初めて作られた「しごとハンドブック」に基づき、ガイドをする際の心構えやマナーが示された。

 勉強会では、通訳ガイドの資格について特に強調された。通訳ガイドは、外国から訪れた観光客に日本の地理や歴史、文化などさまざまな知識や教養に基づき、外国語で観光地を案内する。

 岩渕会長は「マナー、法令を守り、資格の有無にかかわらず『プロ意識』を持って海外からの観光客を案内しよう」と呼び掛けた。

 県は、外国人観光客の増加を見込み、2004年度から英語、中国語、05年度からは韓国語を加えて通訳ガイドの養成講座を開催。今年2月に修了生約40人で、同ガイドの会を設立した。

 会員の中で国家資格を持っている通訳ガイドは4人。試験は合格率11・2%(05年度)と難関だ。通訳案内士の国家資格がないと報酬をもらってガイドすることができず、違反した場合は50万円以下の罰金に処せられる。資格を持っていない会員は、交通費などの実費をもらってボランティアでガイドしているのが現状だ。

 同会事務局の平泉商工会の吉田康洋経営指導員は「報酬をもらい、プロとしてガイドしないと、会が長く存続しないのではないか」と懸念する。

 町は昨年末、今年4月からの規制緩和を見込み、地域限定の通訳ガイドの資格を制度化するよう県に要望した。県観光経済交流課は現在、通訳ガイドの需要や受験者などの調査を進めているが、具体的な計画はまだない。

 外国からの観光客の増加が見込まれる中、地元の対応も急がれる。県は3月、英、中、韓の3カ国語でのあいさつや、外国の客を迎える際のポイントをまとめた冊子「外国人旅行者を迎えるために」を発行した。

 町の観光おもてなしプロジェクトチームの座長、鈴木和博さん(54)は「ホテルやレストランは英語、中国語、韓国語での表示が必要。観光関係者や町民は、おもてなしの第一歩として、英語などでの対応の仕方を勉強しなくてはならない」と課題を指摘する。

(終わり)

(一関支社・阿部友衣子)

【写真=達谷窟で英語で説明する通訳ガイド。外国人観光客の増加が見込まれる中、地元の態勢づくりが急がれる】


トップへ