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イコモス「登録延期」

 「登録延期」−。23日早朝にもたらされたイコモスの勧告。朗報を待ちわびた県内に衝撃が広がった。7月のユネスコ世界遺産委員会まであと6週間。昨年の石見銀山遺跡(島根県)に続き「逆転登録」は可能か。平泉の「試練」を乗り越える取り組みが始まった。


@衝撃の関係者 落胆一転、再び決意 2008年5月24日

 「残念ですが、石見(銀山遺跡)と同様に『記載(登録)延期』という勧告が出されました」

 23日午前4時半。報道陣が待機する県庁内の記者クラブに県教委生涯学習文化課の中村英俊文化財・世界遺産担当課長は、国際記念物遺跡会議(イコモス)から文化庁に入った第一報を伝え、唇をかんだ。

 今後の対応について中村課長は「これで終わりではない。7月の世界遺産委員会まで頑張っていきたい」。疲労のにじむ顔を引き締めた。

 平泉町役場で吉報を待ちわびていた高橋一男町長は同日午前、記者会見を開いた。

 「暫定リストに掲載された2001年度より前から、水面下で準備があった」と今までの取り組みを振り返り「(登録延期の勧告となり)責任の重大さと申し訳ない気持ちでいっぱい。いたたまれない」と目を伏せた。

 東京・霞が関の文化庁。内藤敏也記念物課長は記者会見で「説明を尽くしてきたが、結果としてイコモスから十分な理解が得られなかった。浄土思想の、日本独特のものという部分の理解がされていない」と語り、世界遺産委員会の委員国に、平泉の「神髄」に対する理解を粘り強く求めていく考えを示した。

 「残念だ」と口をそろえる関係者。世界遺産登録へのハードルが高くなっている近年、「やれるだけのことはやった」という自負や「大丈夫だろう」という楽観的な雰囲気もあり、勧告は大きなショックとなった。

 23日夕、盛岡市内のホテルに達増知事、高橋町長、浅井東兵衛一関市長、岩井憲男奥州市副市長が急きょ集まった。それぞれが今後に向けた決意を語り、登録に向けて全力で取り組んでいくことを再確認した。

 「これは天が与えた試練。みんなで力を合わせて乗り越えていきたい」。同日昼すぎ。大阪出張から空路帰郷した達増知事は、花巻空港で巻き返しを誓った。


A勧告の背景 浄土思想伝わらず 2008年5月25日

 これまで関係者が一様に不安視していた「平泉文化」の根幹を成す「浄土思想」。果たして国際記念物遺跡会議(イコモス)に理解を得られるのか。その不安は的中した。

 県教委の中村英俊文化財・世界遺産担当課長は「登録延期」勧告となった最大の要因に「浄土思想の分かりづらさ」と「新規登録遺産数の抑制傾向」の2点を挙げる。

 勧告では、浄土思想の世界的意義や9つの構成資産との関連性などについて「証明不十分」と指摘。イコモスは昨年12月、その関連性について分かりにくいとして日本政府に追加説明を求めていた。

 文化庁、県教委とも「説明は十分に尽くした」と勧告を待ったが、趣旨は伝わっていなかった。イコモス委員は欧米中心で、異文化圏の壁にぶつかった。

 平泉は「文化的伝統や文明を伝承する物証として稀有(けう)なもの」など、4つの登録基準に沿って世界遺産に推薦されているが、勧告ではそのすべてに疑義が唱えられ、9つの構成資産の再検討も求められた。

 文化庁の内藤敏也記念物課長は「『浄土思想が理解されていないこと』が『普遍的価値の証明が不十分』ということになっているのではないか」とみる。

 厳しい評価には、近年の世界遺産をめぐる情勢も背景にある。現在、世界遺産総数は851件。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、保全管理の視点から登録数を抑えようと審査は年々厳しくなっている。

 文化庁によると、最近の登録率は2004年が82%、05年68%、06年64%、07年63%と抑制傾向。今年の勧告も「評価は厳しく、昨年より『登録延期』の候補が多いようだ」とされる。

 ただ、「平泉の価値」そのものに揺るぎはない。

 「今までは相手の言い分が分からず待つだけだったが、課題が7点に絞られてきたので行動範囲が見えてきた」。法貴敬県教育長は反転攻勢に向け、勧告内容を分析し、反論書を前面に「逆転登録」に望みをかける。

【写真=イコモス勧告から一夜明けた中尊寺の境内。普段と変わりなく県内外の観光客でにぎわった=24日、平泉町】


B文化的価値 試される発信能力 2008年5月26日

 「絶対的平等・平和な仏国土、平泉。だからこそ世界遺産になれるのではないか」。県立大の誉田(ほんだ)慶信教授(仏教史)は「登録延期」勧告翌日の24日、盛岡市の西部公民館いわて学講座の講師として講演、平泉の「普遍的価値」を力説した。

 勧告は、多くの識者に驚きを持って受け止められた。「正直びっくりした。石見銀山に比べてもシビアな審査」と語るのは、世界遺産総合研究所(広島市)の古田陽久所長。

 「日本の遺産ではあるが『人類の宝』としての普遍性が認められないという指摘。実に厳しい」としながらも「あきらめてはいけない。イコモスの指摘を精査し、きっちり反論できるかが鍵」とアドバイスする。

 平泉郷土館の大矢邦宣館長は「日本の景観美は、そこに来て初めて実感される。写真や文書では、その空気がなかなか伝わらない。よほどの努力が必要」と表情を引き締める。

 遺産名称「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」の「浄土」は、源流のインドでは西方十万億土(無限のかなた)にあるとされた。しかし古代―中世の日本人は生活圏の周囲にある山や森に浄土があると読み替え、平安貴族はこの地上に浄土をつくろうとした。

 「平泉」にはそのすべてが凝縮され、自然景観と調和した独自の発展を遂げた。山折哲雄国際日本文化研究センター名誉教授(宗教学、花巻市出身)が「奥州平泉は、日本文明の個性をあらわにした非常に重要な地域・時代」と説くゆえんだ。

 世界遺産登録は近年「飽和状態」と指摘されるが、登録ラッシュの背景には過去の登録遺産が欧米=キリスト教文化圏に偏っていたとの反省があった。

 その意味で「平泉」の登録の成否は世界遺産の在り方を問う点でも重要であると同時に、国際社会に向けた日本の文化的発信能力が試されている。

 高まる県民の関心と理解。各地を講演に飛び回る大矢館長は「自然との共生という21世紀的意義、現世を浄土にしたいという世界的意義」を強調し「県民一人一人が平泉を知り、説明できるようになってほしい」と呼び掛ける。足元を固めつつ、異なる文化圏にも理解されてこそ「世界遺産」となる。厳しい勧告は、私たち一人一人に向けられた問いでもある。


C反転攻勢の戦略 効果的な説明必要 2008年5月27日

 最初に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会の委員国に関心を持ってもらうこと。次に、これらの国がどんな点に疑問を持つか、探りを入れること。最後に、その疑問点に効果的な説明をすること―。

 昨年、国際記念物遺跡会議(イコモス)で「登録延期」勧告を受けながら、ユネスコの本審査で逆転登録を果たした石見銀山遺跡(島根県)を例に、外務省国際文化協力室の斉藤純室長はこう指摘する。

 そして続けた。

 「世界遺産委員会は、複数案件を処理するため、平泉のことをほとんど調べないで臨む国が少なくない」

 反転攻勢に向け、国、県、地元市町の戦略が動き始めた。

 東京・霞が関の文化庁。平泉の「登録延期」勧告を受け、外務省の斉藤室長も出席し、文化庁、県教委、平泉など地元3市町の関係者は26日、急きょ集まり、今後の対応を協議した。

 平泉の価値を説明する場は、イコモスからユネスコ世界遺産委員会の委員国へと移る。

 これを念頭に、会議では平泉の「浄土思想」を21の委員国に分かりやすく説明できるよう「反論書」のコンパクト版を早急に作成し、説明する必要性を確認した。

 日本は昨年、世界遺産委員会で副議長国を務めたが、今年は任期切れで委員国から外れてしまったことから「本審査で不利になるのではないか」との観測も出ている。

 斉藤室長は「委員国の宗教的な背景やどんな世界遺産がその国にあるかなどを見極めながら、その国に合った効果的な説明の仕方を考えなくてはならない」と外交上の「戦略」を描く。

 逆転登録には、地元の取り組みの見直しも求められる。

 中尊寺仏教文化研究所の佐々木邦世所長は「行政は聞く耳を持つことが大事」とした上で「各国に説明していくためには専門家や仏教者、日本をよく知る外国の知識人、地元の声など、いろいろな意見を取り入れて補強しなければならない」と提言する。

 26日、高橋一男平泉町長と会談した高塩至文化庁次長は「平泉を推薦した国の責任として何とか頑張りたい」と不退転の決意を表した。

【写真=高塩至文化庁次長(手前)に「(逆転登録へ)力添えをいただきたい」と要望する(左から)中村英俊県教委担当課長と高橋一男平泉町長=26日、東京・霞が関の文化庁】


D世界の宝 平和の理念継承を 2008年5月28日

 「昔からここに住んでいるけど、こんなに人が集まったことはなかったねえ」。一関市厳美町の佐藤里和子さん(77)は、目の前に広がる田んぼを見て、感慨深げに語った。

 平泉の文化遺産のコアゾーン(核心地域)の一つ、骨寺村荘園遺跡(同市厳美町)で25日開かれた「お田植え祭り」。小雨が降る中、全国各地から集まった荘園オーナーや地元小学生ら約200人が田植えを楽しんだ。いつもは静かな「中世の農村風景」が活気づいた。

 世界遺産とは、世界のすべての人々が共有し、次世代に受け継いでいくべきもの。登録は、遺跡や景観を将来にわたり守り続ける責任を負う。

 厳しい内容となった国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告。「『顕著な普遍的価値』の証明が不十分」と指摘されたが、平泉が守ってきた伝統や価値そのものが否定されたわけではない。

 骨寺村荘園遺跡研究の第一人者、国学院大文学部の吉田敏弘教授(歴史地理学)は「世界遺産になることは大事。しかし、それ自体が目的ではない。都市の人たちが農村の在り方を勉強し、景観を守っていく取り組みこそが必要だ」と強調する。

 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなくてはならない」

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の憲章前文は、この世に浄土を具現化し、平和な世を築こうとした初代藤原清衡の理念に通じる。

 毛越寺の藤里明久執事長は「平泉には800年守ってきた伝統がある。たとえ登録延期となったとしても、平泉の誇りはなくせるものではない。一喜一憂せずに見守りたい」と静かに語る。

 人と自然とが共生し、平和を追求してきた「平泉」。試練をバネに、「世界の宝」として守り、次世代へと受け継いでいく姿勢が今こそ求められている。(平泉文化世界遺産登録取材班)

【写真=骨寺村荘園遺跡で開かれた「お田植え祭り」。この景観を「世界の宝」として守り続けていく取り組みが求められている=一関市厳美町】

(終わり)


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