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 カナダのケベックで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第32回世界遺産委員会で、「登録延期」となった「平泉の文化遺産」。悲願の「逆転登録」はならなかった。本県関係者は3年後の再審査を目指し、再スタートを切った。 (この企画は5回続きです)

@戦略の誤算 「論理的反論」できず 2008年7月8日

 カナダのケベックシティ・コンベンションセンターで現地時間6日午後8時(日本時間7日午前9時)前から始まった「平泉の文化遺産」の審議。終了約10分前から、「登録延期」の決議文の取りまとめが始まり、日本政府代表団の一人は「もう戻れない」と悟った。

 「平泉」の審議は約40分間に及んだ。「平和や自然との融合など、世界遺産に値するものだ」「平和希求の考え方も非常に素晴らしい」。世界遺産委員国21カ国のうち、オーストラリア、ケニアなど12人の委員から応援する発言が相次いだ。

 「いけるかな」。代表団の一人、宮舘寿喜副知事は緊迫した空気の中で、広がる期待を感じ取っていた。しかし、この直後、複数の委員国から「世界遺産の登録基準に照らし合わせて、国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告は出ている」と慎重な意見が出始めた。「潮目」が変わった瞬間だった。

 世界遺産の登録基準は6つある。日本政府は今回、このうち「文化的伝統の存在を伝承する物証であること」など、4つの基準に沿って推薦書を提出した。

 残る基準のうちの一つ、「建築物などの発展に影響を与えた人間的価値観の交流を示す」という基準については、専門家のアドバイスなどから、推薦書の作成段階で削除されていた。

 しかし、この部分は5月のイコモス勧告で「適用の必要性」を示唆されていた部分だった。さらに勧告では、4つの基準についても「証明不十分」と指摘されていた。

 6日(現地時間)の審議で「平泉は素晴らしい」という「情緒的メッセージ」は寄せられたが、イコモスの指摘に対する「論理的な反論」はなかった。

 「イコモスの指摘に対し、的確に応えることができなかった点が反省点だ」。文化庁の内藤敏也記念物課長は世界遺産登録を逃した理由をこう分析する。

 戦略の誤算。宮舘副知事は「3年後はイコモス勧告の段階から『登録』にもっていかないと。論理的に基準に適合していく必要がある」と実感する。

◇            ◇

【写真=「逆転登録」が実現せず、厳しい表情で記者会見する近藤誠一ユネスコ政府代表部大使(右から4人目)ら日本政府代表団=6日午後9時18分(現地時間)】

A審査の厳格化 新規抑制の傾向反映 2008年7月9日

 「昨年の経験を考えると、全体として審査、登録基準を厳格に適用する流れが加速しているのは間違いない」

 「平泉の文化遺産」に下された「登録延期」決議。国連教育科学文化機関(ユネスコ)日本政府代表部の近藤誠一大使は「世界遺産の壁」を痛感した。

 現在、851件に上る世界遺産。「平泉」に対する厳しい評価は、増加の一途をたどる近年の世界遺産事情も影響した。

 ユネスコは、保全管理を可能な規模にするため新規登録を抑制する傾向にあり、年々審査は厳しさを増している。

 最近の登録率は2004年が82%、05年68%、06年64%、07年63%と年々低下。今年の国際記念物遺跡会議(イコモス)勧告も、候補43件(拡張案件を除く)のうち「登録」は21件と厳しいものだった。

 抑制傾向を反映するように、登録基準の厳格な適用が求められ「平泉」は苦戦した。加えて、「登録基準は欧米の考え方でつくられたルール」(近藤大使)。「浄土思想」をはじめとする価値証明には理解の壁が立ちはだかった。

 登録基準は年々、少しずつ変わっているという。それを推薦国は見極め、審議に臨むことが必要だ。「次の推薦書は、さらに気を引き締めてつくらなければならない」。文化庁の大西珠枝文化財部長は肝に銘じる。

 今回の世界遺産委員会には、「富士山」の世界遺産登録を目指す民間非営利団体(NPO)や行政関係者の姿があった。

 山梨県と静岡県は昨年に続き2年連続で世界遺産委員会に職員を派遣。山梨県の荻野貴史副主査と静岡県の岡村敏彦主査は「富士山をアピールしたり、世界の価値観を研究することが目的。登録に向けて早め早めに動くことが大事」と準備を進める。

 NPO関係者は富士山のパンフレットを配るなど、価値のアピールに奔走。「平泉の後に続く日本の候補地は自分たちだ」と存在感を示す。

 3年後の本審査に向けて、再出発した「平泉」。「登録」を確実なものにするためには、世界の潮流を見極める力が求められる。

【写真=「平泉の文化遺産」の世界遺産登録が審議されたユネスコの第32回世界遺産委員会。審査は年々厳しさを増している=2日、カナダ・ケベック】


B仕切り直し 総力挙げ推薦書改定 2008年7月10日

 「平泉の文化遺産」が世界遺産登録から漏れた7日の知事定例会見。達増知事は「平泉の価値は変わるわけではない」と強調。3年後の2011年に開かれる国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会で再審査を目指す方針を示した。

 登録に向け、再スタートを切った「平泉」は▽本年度内に推薦書の改定作業を始め、国際専門家会議を複数回開催▽09年9月に世界遺産委員会へ推薦書の暫定版提出▽10年2月までに推薦書正式提出▽10年度に国際記念物遺跡会議(イコモス)による現地調査−のスケジュールで再審査に臨む。

 世界遺産委員会の規定では、最短で2年後の10年に再審査を受けることも可能だが、「推薦書の内容に万全を期すため、作業には一定の時間をかけたい」(文化庁、県)との構えだ。

 今回の委員会では、世界遺産の登録基準に照らした価値証明について、イコモスとの見解のずれが課題として挙げられている。無念の「登録延期」を教訓に国際的視野、世界的な動向の把握が「登録」への鍵となる。

 推薦書の改定に当たっては、あらためて推薦書作成委員会を立ち上げ、国際専門家会議(文化庁、県など主催)の開催も検討している。

 文化庁の大西珠枝文化財部長は「推薦書作成委員会は、これまでのメンバーに新たな国際的な視点も必要」と委員の追加に言及。今後、県と具体的な検討に入る。

 国際専門家会議については、前回は1回だったが複数回の開催を示唆。「イコモスの専門家に現地を訪れ価値を分かってもらう。私たちもイコモスの疑問点や説明の仕方について理解を深める」と、イコモス関係者との「対話」を深める考えだ。

 10日(現地時間)の世界遺産委員会閉幕とともに、「捲土(けんど)重来」に向けた具体的な活動が始まる。これまでの蓄積を生かし、イコモスの指摘を基に推薦書の内容をより豊かにしていくことが世界遺産登録への道となる。

【写真=「平泉」の審議に向かう日本政府代表団。「登録」は逃したが、再挑戦への「鍵」はつかんだ=6日、カナダ・ケベック】


C県民の決意 価値見つめ直し前へ 2008年7月11日

 「平泉の文化遺産」の世界遺産登録はかなわず、県内は無念の思いが広がった。しかし、3年後の再挑戦に向け、多くの人たちが前を見つめ、歩きだしている。

 「登録延期の翌日、火が消えたようになっているかと思っていた『平泉』には、大勢の見学者が訪れていた。登録運動の着実な成果だと思った」

 平泉の「黄金文化」と地元とのかかわりを研究する陸前高田市の玉山金山遺跡活用推進協議会の細谷英男さん(75)は「くじけてはならない」と力を込める。

 観光ガイドに奔走するボランティア、水田の様子を見回る農家…。これまで「平泉の文化遺産」を守り継いできた地元住民は、いつもと変わらない。

 平泉町の中尊寺通りまちなみ整備検討会の小野寺郁夫委員長(55)は「町民の景観に対する意識は条例ができて、少しずつ浸透してきたが、まだ不十分。ここで一度立ち止まってみるのもいい」と冷静に前を向く。

 「登録、不登録にかかわらず、遺跡の説明は続けていく」と語るのは、奥州市民でつくる市世界遺産候補地ガイドの会の大内浩生会長(69)。これからも勉強会を定期的に開き、ガイドの能力向上を図る考えだ。

 難なく「登録」を手にすれば、世界遺産運動は「お祭りムード」となり、一過性のものになりかねなかったとの声もある。再審査までの3年間は県民が平泉の価値、世界遺産の意義をもう一度見つめ直す機会ともいえる。

 「いわて平泉年推進プロジェクトチーム」座長の中村一郎・県総合政策部副部長兼首席政策監は「これまでは県民が必ずしも平泉を理解しているとは言い難い面もあった。登録延期を逆にチャンスととらえ、理解を深める取り組みを進めたい」と新たな活動を模索する。

 「平泉の頑張りを、ゆかりの地の一人として支えていく」。陸前高田市の細谷さんはこう決意する。「平泉」応援の輪を県民一人一人のものとするためには、着実な運動の継続が求められる。

【写真=「登録延期」決議後も、多くの観光客でにぎわう中尊寺。再挑戦までの3年間、県民一体となった取り組みが欠かせない=10日、平泉町】


Dケベック 誇りを胸に景観守る 2008年7月12日

 「博物館のこの部分は、最近造ったものだよ。でも、石を積んで造っているから、周りの歴史ある建物とよく調和しているんだ」

 8歳からカナダ・ケベックに住んでいる専門学校教師ヤン・ブランシェットさん(34)は、1663年に設立されたケベック神学校跡にある「北米フランス博物館」の壁を指さし、紹介してくれた。

 「ケベックは今年、市制400周年。ここはフランスでも英国でもない。両方の良いところを取り入れて、独特の文化を築いてきたの」。元ツアーコーディネーターのアニー・グレさん(37)が続けた。

 ケベックは北米唯一の城塞(じょうさい)都市。旧市街は「顕著な普遍的価値」が認められ1985年、ユネスコ世界遺産登録された。

 街を見渡すと、通りには石造りの建物が連なり、「カレーシュ」と呼ばれる観光用馬車が走る。人々は、この伝統的な街並みを楽しむために、世界中からやって来る。

 しかし、街並みを保っていくのは容易ではない。新しく建物を建てる時には、古い石造りのように見せなくてはならないため、通常よりも経費がかかる。そのため、地元の人の中には建て替え費用が賄えず、古くなると出ていってしまうこともあるという。

 また、観光客用の店が増えたため、薬屋やスーパーなど、生活に必要な店は郊外に多く、中心部には住みにくくなっているのも現状だという。

 景観を守る努力や、世界遺産として世界中からの観光客を迎えることで不便になった点もあるが、それでも2人は「この街のことをとても誇りに思うわ」と胸を張った。

 今年はかなわなかった「平泉の文化遺産」の世界遺産登録。しかし、人々が歴史や文化を守り、次世代へと受け継ぐ気持ちは揺らぐものではない。平泉が3年後に「人類みんなの宝」と認められるためにも、その心を持ち続けていきたい。(終わり)

(報道部・及川亜希子、阿部友衣子)

【写真=「この街が世界遺産なのは私たちの誇り」と語るヤン・ブランシェットさん(左)とアニー・グレさん=カナダ・ケベック】


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