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<平成の30年>政治と権力 「平均」よみがえらす時


 平成30年の今年は、明治150年でもある。明治維新を考える時、その体制は突然できたのではなく、江戸期に源を求める考えが近年の研究で主流になっている。

 例えば幕藩体制には、既に権力を「分散」「抑制」する仕組みが整っていた。政策は老中、若年寄らの合議制で決め、特定勢力に権力が集中するのを防いだ。

 将軍の権力と朝廷の権威は分離している。政権にある老中も、身分は大諸侯に及ばない。大諸侯は力があるが、幕政に参加できない。

 いずれも強いようで弱い。権力を平均させる仕組みを福沢諭吉は数百年来の「日本国人の遺伝」と理解した。三谷太一郎・東京大名誉教授が近著「日本の近代とは何であったか」で考察している。

 福沢の言うように「権力平均」が日本のDNAだとすれば、現代の権力もしっかり分立していなければならない。ところが昨年、そのバランスが崩れたように見える。

 憲法改正案が一例だ。改憲発議の権限は立法府の国会にあるが、それを飛び越えて行政府の安倍晋三首相が案を示し期限を区切った。

 行政府が立法府を見下す例は枚挙にいとまがない。憲法により議員が臨時国会の召集を要求しても、内閣は放置した。野党の質問時間見直しも行政府が口出しした。

 首相は自らを「立法府の長」と言い違えたことがある。それだけ行政の権力が強まり、立法との均衡が崩れたと見ることもできよう。

 この姿が平成の終わりに現れたのは偶然ではない。平成に行われた政治改革、行政改革は首相の権力を強めるのが主眼だった。「1強」は改革の帰結と言える。

 岩手など地方政治も同様だ。平成の地方分権改革は不十分とはいえ、首長の権力を強めた。専門性の高い行政に議会は太刀打ちできず、二元代表制が機能していない。

 国、地方問わず行政権力の強みは専門性の高さにある。今後の日本の権力形態について三谷名誉教授は「『専門家支配』の傾向を強めていく」と考えている。

 物事を次々と決める安倍政権の支持率は高い。だが将来、権力の使い方を誤る政権ができぬと言い切れようか。行政権が異常に強まった戦前の歴史を見れば危うい。

 権力の集中に進んだ平成の30年とは違う改革が求められる。国会・議会の復権とともに、民主主義、立憲主義の下で国民・県民が不断に権力を監視することが必要だ。メディアの役割も大きい。

 「権力平均」の遺伝子を、日本人は脈々と受け継いでいる。「平成後」は、それをよみがえらす時だろう。

(郷右近勤)

(2018.1.3)

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