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相模原事件1年 問い直すべき愛と正義


 「われらは愛と正義を否定する」

 障害者運動史で、ひときわ強烈なこの言葉。脳性まひ者たちの団体「青い芝の会」の行動綱領として知られる。

 1970年、母親が障害のあるわが子を殺害する事件が起きた。母親への同情から広がる減刑嘆願運動に、同会は強く反発。愛ゆえに障害者は殺されても仕方ないのか。同情は正義か。「殺される側」からの問題提起は当時、広範な議論を巻き起こした。

 昨年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた入所者殺傷事件は、「愛と正義」をめぐる根源的な問いを再び社会に突き付けたと言える。

 被告の「殺害予告」の手紙が思い起こされる。

 「私は障害者総勢470人を抹殺することができます。…保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い…」「愛する日本国、全人類のために…」

 身勝手な「愛と正義」ゆえに否定された命。さらに、ネットに氾濫する、被告の言動を肯定する匿名の書き込み。表向きは「共生」の掛け声が飛び交う社会の深部で、障害者と社会の分断は深い。

 事件から1年。本県の障害者から聞こえてくる声は「事件はとっくに風化している」「特に何かが変わった実感はない」など、無力感が漂う。

 ここには、日本の障害者隔離施策が影を落としている。やまゆり園は64年設立。「障害者を保護し家族の負担を軽減する」との国の方針で、各地に大規模施設が建設され始めた時期と重なる。

 障害者と家族が住み慣れた地域で生活し、ごく当たり前の愛情を育むための支援を充実させるのではなく、施設に収容するという解決策。国は近年、遅まきながら政策転換し地域共生に力を入れ始めたが、なお多くの障害者が見えない存在として生きている。

 今回の事件の犠牲者は、なぜ匿名なのか。やまゆり園再建をめぐり、全国の障害者団体などが小規模分散を提唱しているのに対して、入所者の家族会はなぜ大規模施設での建て替えを求めるのか。

 わが子にとって良かれと思う家族の選択。ここにも、長い隔離収容施策がもたらした悲しみを感じざるを得ない。

 この国で、障害者と家族がささやかな愛に満ちた地域生活を送る日は、遠いかもしれない。だが、事件を機に、障害者と健常者の対話集会が各地で開かれるようになった。今月29日には盛岡市で「対話の集い」が開かれる。

 一つ一つの対話こそ、障害者と社会の深い分断を埋める一歩一歩だ。その先に「殺しも殺されもしない正義」の論理が見いだせると信じたい。

(2017.7.26)

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