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<大震災6年>原発事故後の社会 もう後戻りはできない


 東京電力福島第1原発構内の高台から1〜4号機の傷跡を間近で一望した。高台は絶壁になっており、事故機がある敷地との高低差は25メートル。端の近くに立つと足がすくむ。

 この高低差こそ過酷な事故を招いた遠因だ。もともと海抜35メートルあった台地を、海運や利水などを考慮して削り、海抜10メートルの敷地を造成。さらに掘って建屋を設置した。

 結果として海抜14〜15メートルまで津波が駆け上がり、電源喪失、炉心溶融を招く。大量の地下水が建屋に流れ込み、汚染水を増やし続けている。

 東電は震災前、15メートル規模の津波に襲われる危険性を試算したが、防潮堤を高くする措置を怠った。慢心がもたらした災禍は、6年たってその深刻さを顕在化させている。

 膨らむ賠償や除染などの事故処理費は20兆円を超える試算がはじき出され、以前の見積もりから倍増。撮影された原子炉内部の状態からすると廃炉に要する費用がさらに膨らむのは必至だろう。

 福島県の県内外への避難者数は2月現在、ピーク時から半減したとはいえ約8万人に上る。避難指示が解除されても故郷を諦める人は多い。

 事故から1年もたたないうちに野田佳彦首相(当時)が事故の収束を宣言。事故の2年半後、東京五輪の招致で安倍晋三首相は汚染水について「状況はコントロールされている」と明言した。

 しかし、実態を知れば知るほど、解決への長い道のりを覚悟しなければならない思いに駆られる。6年はほんの序章でしかなかった。

 事故は原発産業にも大きな影を落とす。安全対策強化で建設コストがかさむようになった。名門企業・東芝は米国の事業で泥沼に陥っている。

 負の側面が目立つ原発。それでも、国内では老朽機を含め再稼働の動きが止まらない。事故が風化したわけではないはずなのに。

 一方、原子力政策は立ち往生している。象徴的なのは高レベル放射性廃棄物最終処分場問題だ。昨年内に「科学的有望地」を示すはずが、先送りした上、「有望地」の表現を見直す。各地での反発や混乱を懸念するからで、解決の難しさを浮き彫りにする。

 政界では原発推進か脱原発か、あるいは脱原発の時期をいつにすべきかをめぐって議論が続く。福島の事故現場が映す悲惨な現実を直視して方向を決めてほしい。

 かつて希望を抱かせた原子力は輝きを失った。エネルギー政策の大転換が必要だ。幸い再生可能エネルギーが育っている。本県でも太陽光のほか風力、地熱などで開発の動きが進み、海洋では波力の実用化が探られている。

 もう後戻りはできない。

 (菅原和彦)

(2017.3.9)

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