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帰ってこない優等生
2017年11月16日

 陽光が揺れる清流に、命がきらめいていた。

 陸前高田市矢作(やはぎ)町の矢作川。1万キロもの長旅を終えた数百匹の秋サケ(シロザケ)が、最後の力を振り絞って、産卵している。

産卵のために矢作川に遡上(そじょう)したサケ。新しい命を産み出そうとする懸命な姿が、大切な何かを訴え掛けてくる=陸前高田市矢作町(潜水、水中カメラで撮影)

 冷たい流れに逆らいながら、タイミングを図る一対のサケ。水深20〜30センチ。雌が口を開けて合図を送ると、雄が寄り添い体を震わせた。互いに大きな口を開けた瞬間、新たな命が産み落とされた。

 三陸からオホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾と回遊し約4年間かけて戻ってきた。大半は河口に設置された網で人工ふ化放流の採卵用として捕獲されるため、これほど多くの自然産卵が見られるのは極めて珍しい。

 「川の匂いを嗅ぎ分けて古里に帰って来るんだ。命を運ぶ大切な魚だよ」。地元に住む小野寺正一さん(66)はこう目を細めた。

 産卵を終えた体は動物の食料となり、残された肉はやがて分解され川や森の栄養となる。生態系を象徴する命の魚。そのサケが何かを訴え掛けている。

 本州一の漁獲量を誇る本県の秋サケが近年、大きく減少している。東日本大震災から6年の今季は、被災の影響がほぼなくなるとして漁獲量の回復が期待されていたが、現時点で震災前の半分以下。「サケ漁を復興の出発点に」と、定置網やふ化場を復旧させてきた関係者は、祈るような表情で漁況を見つめる。

 冷たい水を好むサケにとって、三陸は漁の「南限」ともいわれる。不漁の背景には地球温暖化に代表される海洋環境の変化を指摘する声もあるが、はっきりした理由は分かっていない。

 「栽培漁業の優等生」。こう評され、秋サケ漁は本県水産業をけん引してきた。だが、人工ふ化で産まれた稚魚を放流すれば、黙っていても3〜5年後には確実に戻ってくると信じられていた増殖のサイクルに今、乱れが生じている。

 「もしかして人間のおごりがあったのかもしれない」。こう語るのは三陸沿岸の河川でサケの自然産卵を調査する東京大国際沿岸海洋研究センター(大槌町)の青山潤教授(海洋生物学)。「自然をコントロールできると思ってしまったのではないか。だが僕らはもっと自然から学ばなければいけない」

 長年私たちの欲求に応え続けてきたサケ。それが今、漁獲量の減少、回帰率の低下という形で、反乱を起こしているのかもしれない。

 いったいなぜ、サケは帰ってこないのだろうか?

 この素朴な疑問を出発点に、最新研究を追い、人工ふ化放流事業や産業構造などの課題を検証しながら、岐路に立つ三陸、日本の水産業を考えたい。あの震災の大津波は、自然の厳しさと同時に、豊かさも教えてくれた。多くの先人たちの努力で築き上げられた本県の秋サケ漁を未来につなぐためにも、震災被災地である岩手、三陸から、サケを通して、自然と共に歩む水産業の在り方、そして私たち人間の生き方を問い直したい。



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