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第2部 命の名簿・特集

新聞記事、命の便りに

 陸前高田・及川さん

2017年2月7日

 「地獄だよ、地獄絵図」

 陸前高田市の惨状を前に語った言葉が、2011年3月13日付の岩手日報に載った陸前高田市高田町の介護職員及川悟さん(58)。この記事が、県内のソフトテニスの競技仲間に無事を伝えた。

 東日本大震災から一夜明けた12日朝。及川さんは津波被害を免れた自宅付近の丘から市内の被災状況をカメラに収めていた。撮影を終え、歩き始めたときに岩手日報の記者2人に会った。被災前の街並みを説明し、取材を受けた。

 13日に仲間4〜5人から連絡が来た。「悟さん、本当に無事でいて良かったね」。なぜ分かったのか不思議だった。尋ねると「岩手日報を見た」との返事。当時、自宅に新聞は届いておらず、記事に載ったことを初めて知った。

 紙面で無事を確認した競技仲間の一人が、奥州市江刺区岩谷堂(いわやどう)の主婦高野恵美子さん(51)だった。震災直後は内陸も停電し、携帯電話も通じない。車内で暖を取り、カーテレビで沿岸の情報を得るしかできなかった。

 心配が募る中で読んだ13日の紙面。記事中に及川さんの名前を見つけた瞬間、涙があふれた。今も当時の紙面を大切に保管する高野さんは、「実名でなければ分からなかった。生きていると分かって、本当に安心した」と思い出す。

 震災直後から数日間、陸前高田市高田町の和野会館に避難した及川さん。県外に暮らす大学時代の友人は、避難者名簿で安否を確認したという。

 及川さんは「新聞報道を通じて無事を伝えることができた。個々の事情もあるだろうが、災害時は名前が出ることによって確認できる事実もあると思う」と実感している。

【写真=2011年3月13日付の紙面と、取材を受けた及川悟さん(左)、無事を確認した高野恵美子さん】



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