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エピローグ 岩泉・水堀集落から

命の尊厳、実名でこそ
2017年6月14日

 大規模災害時に安否を知りたい、伝えたい−。

 それは誰にも共通する思いだ。安否情報の大切さを東日本大震災、そして台風10号豪雨に見舞われた岩手から発信したいと、取材を続けてきた。

 2016年8月30日。岩泉町上有芸(かみうげい)の最奥にある水堀(みずぼり)集落は、台風10号豪雨により道路や通信が断たれ、孤立状態となった。

 3日後に通行止め区間を歩いて集落に入ると、高橋千南(ちなみ)さん(31)が途方に暮れていた。長男舷暉(けんき)ちゃん(4)が熱を出したが、解熱剤がなく、ぐったりしている。孤立の苦境を伝えようと、取材した。

 「続く孤立 不安覆う」。記事が掲載されると、物資や薬を届けてくれた知人もいた。「名前が出ることで無事が分かり、支援が寄せられた。多くの人が安心するためにも実名が伝わる意味は大きかった」。千南さんの父真二郎さん(64)は振り返る。

 そして、地域で培われた「顔の見える」関係も、安否確認に役立った。

 被災後、有芸地区の消防団や自治会は各世帯を回り、9月2日には222人全員の安否を確認。自治組織代表の佐々木精一さん(67)は「いつ何時も、お互いに気遣っている関係が生きた。昔から家族のようなものだから」と強調する。

 岩泉町では当時、最大で33集落の428世帯873人が孤立。安否情報の提供が最重要課題となったが、行方不明者の氏名を家族の意向を理由に「非公表」としたことが論議を呼んだ。

 だが、そんな町にも今、変化の兆しが見えている。

 台風10号の教訓を受けて、町は安否未確認の段階で氏名を公表する検討に入った。国に統一指針を示してほしいとの思いはあるが、有事の際、判断に迷うことがないよう本年度中に町地域防災計画を見直す中で議論していくという。

 應家(おういえ)義政総務課長は「氏名を『非公表』にしたことが議論を引き起こした。いかに早く人命を救うかを考えれば、『公表』することが効率的な対応につながるだろうと検討を始めた」と説明する。

 「匿名社会」といわれて久しいが、首都直下地震が想定される東京都、阪神大震災を経験した神戸市、南海トラフ巨大地震が懸念される高知県など県内外で取材を重ねると、大多数が安否情報の公表を望んでいることに驚きを覚えた。米国では、氏名の公表が「当たり前」に捉えられていた。

 一方、日本の行政は公表の意義を理解しつつも、個人情報に過剰反応。改正個人情報保護法が先月、全面施行され、公表によるリスクをさらに恐れる可能性もある。メディア側も配慮を欠く災害取材で住民の不信感を募らせるケースがあり、行政が安否情報を公表しない理由にもされていた。

 だが、皆さんが災害の当事者になった時、何を思い、どう行動するだろうか。

 「命を救い、人々を安心させる」という大前提に立てば、生存者や行方不明者の氏名は公表すべき「公共の情報」だ。要配慮者への対応策を整え、メディアスクラム(集団的過熱取材)にならないよう報道機関もルールを守ることで、その道は開かれる。

 災害は全国各地で多発、広域化している。いま一度、住民、行政、報道機関それぞれの立場から安否情報の公表に向けた認識を共有し、あなたの「証し」を刻むための一歩を踏みだしたい。

(終わり。報道部・八重樫和孝、川端章子)

【写真=高橋千南さんと手をつなぐ長女珠來(しゅな)さん(左)と舷暉ちゃん。台風10号豪雨を乗り越えた真二郎さんと母雅子さん(後方)は日常が戻った今、名前が伝わることの大切さをかみしめる=岩泉町上有芸・水堀集落】

【写真=水堀集落に空輸された飲料水を受け取り、熱がある舷暉ちゃんに飲ませる高橋千南さん=2016年9月2日、岩泉町上有芸】



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