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第2部 命の名簿 D漏れた避難者

「在宅」の安否届かず
2017年2月6日

 東日本大震災の被災を免れた大槌町安渡(あんど)の山際にある住家ではあの日、在宅避難者が身を寄せ合っていた。避難所の名簿から漏れた人たちだ。

 「生き延びることが第一だった」

 同町安渡3丁目の通称古学校(ふるがっこう)地区で、炊き出しや物資の配給を行う「在宅避難所」を運営した小国忠義さん(76)は述懐する。

 自宅で寝泊まりしながら同避難所を利用する人は、30世帯50人に上った。これに親戚や知人が加わり、一時は104人まで膨らんだ。

 電気やガスなどが絶たれ、生活の困難さは通常の避難所と変わらない。発生翌日の2011年3月12日。小国さんは山道を約40分歩いて旧安渡小の地区災害対策本部に集まっている人数を報告し、食料などの配給の段取りを整えた。

 しかし、安否情報の共有や発信は、簡単にいかなかった。

 旧安渡小の本部から「避難者名簿を書いてほしい」と紙を渡されたのは被災から3、4日後。通常の避難所に比べて遅れが生じた。18日付岩手日報の古学校地区の避難者名簿には47人が掲載されたが、小国さんの班の情報は載っていなかった。

 自身も県外に住む子どもたちに安否を伝えたのは、約1週間後。電話会社の伝言サービスを頼った。「安否情報は一番大事だと理解はしていたが、当時は避難所の運営で手一杯だった」

 隣接する通称惣川(そうかわ)地区にも約100人の在宅避難者がいた。まとめ役の阿部武さん(68)は「物資を確実に確保するため、名前より人数を優先した。しっかりした様式の名簿を準備していれば、安否情報の集約も進んだと思う」と振り返る。

 県内の11年4月5日の全避難者数は、3月末と比較して8千人余り増加し、5万202人を数えた。県が自衛隊を通して在宅避難者の実態把握を進めた結果だった。陸前高田市や大槌町が多く、現地の行政が被災して機能不全に陥る中、「漏れた避難者」は至る所にいた。

 震災後の2012年に見直した県の地域防災計画では、市町村が在宅避難者の人数などについて早期把握を図ることとした。

 県総合防災室危機管理監を務めた、岩手大地域防災研究センターの越野修三客員教授は「行政の把握には限界がある。在宅避難者の人数や名前を早く伝えるには、地域の共助の取り組みがより一層重要になる」と指摘する。

 大規模災害では、誰がどこに避難していようとも安否情報の発信は欠かせない。大槌町の安渡町内会長の佐々木慶一さん(55)は「在宅も含め、拠点の避難所に情報が集まる仕組みをつくる必要がある」と認識を新たにしている。

【写真=在宅避難者が多かった古学校地区を歩く小国忠義さん(左)と在宅避難所の運営に携わった道又広司さん。震災初期の安否情報の発信に課題を残した=大槌町安渡3丁目】



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