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第2部 命の名簿 C実名の意味

大切な人の生存確信
2017年2月5日

 間違いない、父は生きている−。

 滝沢市穴口(あなぐち)の石川博子さん(68)は、岩手日報の避難者名簿を見て、確信した。

 東日本大震災直後、宮古市内の両親と連絡が取れなくなった。父の木村正太郎さん=当時(84)、2012年12月死去=は半身が不自由でデイサービスを利用している。「自宅は高台にあるから大丈夫」。そう思っても、津波の惨状に気持ちは落ち込むばかりだった。

 11年3月14日朝。紙面の避難者名簿が目に留まった。「無事を確認できるかもしれない」

 16日付で宮古市内8避難所の名簿が掲載された。はやる気持ちを抑え、目を凝らす。「ほほえみの里」。父が利用している施設だ。その14人目にあった「木村正太郎」。父だった。

 「本当に良かった」。夫の勲さん(73)と顔を見合わせて、喜び合った。母美保子さん(91)も高台の自宅にいて難を逃れた。

 「救われる思いだった」

 陸前高田市高田町の小野寺彦宏(よしひろ)さん(82)も、避難者名簿で身内の無事を確認した一人だ。あの日、久慈市内で会合に出席していた時に地震が起き、陸前高田市には戻らず、盛岡市にいる長女宅に身を寄せた。妻の千代子さん=当時(82)、13年3月死去=は高台の福祉施設にいるから無事だと思うが、一緒に暮らす義理の妹熊谷美代子さん(85)は大丈夫だろうか。

 14日付の紙面に掲載された陸前高田・一中の避難者名簿で名前を確認したが、同姓同名の人がいるため確信を持てなかった。しかし、16日付の希望ケ丘病院の避難者名簿に、親しい友人と並んで美代子さんの名前があった。混乱の中、懸命に避難先を転々とする姿を垣間見た気がした。

 県や県警に安否を問い合わせようにも、電話すらつながらない。「一番知りたい情報を確認する手段がない。新聞が唯一の手掛かりだった」。小野寺さんは力を込める。

 通信・交通が断絶し、被災地の自治体は機能停止に陥った。新聞やラジオ、県のホームページなどが個人情報保護の枠組みを超え、避難者の実名を全国に伝えた。特に新聞は、メディアの多様性が進む中にあって、「消え去る情報」ではなく、何度でも読み返せる情報だった。

 あの日から間もなく6年。石川さんは震災直後の3月の紙面をつづり、保管している。避難者名簿の父の名前は、赤い色鉛筆でしっかり囲んだ。

 「避難した人が名前を書き、それを外部にしっかり伝えることが大事」。実名公表の持つ意味を今、改めてかみしめている。

【写真=木村正太郎さんの名前を囲った3月16日付の避難者名簿の紙面。生きていることを確信できた】



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