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第2部 命の名簿 B「異例」の対応

生きた情報、県も公表
2017年2月4日

 初めて、県災害対策本部に届いた「生きた情報」だった。

 東日本大震災の発生から58時間が経過した2011年3月14日午前1時。被災地から約100キロ離れた盛岡市の県庁4階にいた県総合防災室の小山雄士室長(64)=現大槌町震災検証室長=に、大槌町の避難者名簿データが手渡された。同町に入った県南広域振興局世界遺産推進課の松崎雄一主査(50)=現沿岸広域振興局企画推進課主任主査=ら行政支援チームの職員5人が、持ち帰ったものだった。

 県内の避難所は最大399カ所に達したが、通信手段が途絶え、どこに誰がいるのか分からない。県には、家族や親族の安否確認を求める電話が全国から殺到していた。

 小山室長は尋ねた。

 「この名簿を出していいのか?」

 「確認は取れています」 松崎主査は大槌町の担当者に確認した上で、町中央公民館の避難者名簿を写真に収めてきていた。支援チームに配布された県の内部文書にも「避難者名簿のリストアップ・公表」という役割が明記されていた。

 「自分の無事を知らせてほしい」との願いが込められた「命の名簿」。2人には、これを県庁内だけにとどめる選択肢はなかった。

 その後、県は災害対策本部で名簿の公表を決定。14日付朝刊に避難者名簿を掲載した岩手日報に追随するかのように、同日中にホームページと県庁の県民室で大槌町と宮古市、山田町の避難所にいる819人の氏名を伝えた。多くの安否未確認者がいる状況で、個人情報保護条例との整合性を熟慮する時間もない。まさに「異例の対応」だった。

 公表は反響を呼び、重複も含めて最終的に約7万人の名簿を掲載。宮城県は17日、福島県も20日から同様の対応に踏み切った。実務を担った県広聴広報課の四戸克枝主任主査(50)=現県南広域振興局企画推進課長=は「名簿の公表は、市町村や住民からより多くの避難者情報が集まることにつながった」と振り返る。

 震災の教訓を踏まえ、2013年に改正された災害対策基本法では、安否情報が法制化された。自治体は「安否情報の照会があったときは回答できる」と明記された。これを受けて県は、市町村などから避難者情報の提供を受けて対応するマニュアルを作成。県総合防災室の山本卓美防災危機管理担当課長は「今後、大規模災害が起きた時は、震災と同様の対応はあり得る」との認識を示す。

 「生きていることが分かれば、どれだけの人が安心することか。生存情報を伝える名簿の公表で希望が生まれたはずだ」。震災当時、名簿を受け取った小山室長はこう強調する。

【写真=避難者名簿が置かれていた町中央公民館で当時を振り返る小山雄士室長(左)と松崎雄一主任主査。全国からの安否情報に応える契機となった=大槌町小鎚】



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