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第1部 安否を伝える A望まぬ公表

助言から感じた空気
2017年1月4日

 ある言葉を覚えている。「小上(こかみ)さんも、余計なことは言わない方がいい」

 昨年8月30日の台風10号豪雨から3日後。母八重子さん(74)が行方不明となった岩泉町安家(あっか)の小上智成さん(45)は、仙台市から緊急支援に入った消防隊からこう助言を受けた。

 豪雨で寸断された道路が少しずつ通れるようになり、これから報道機関などが安家地区に入ってきそうなタイミングを見据えてのことだった。その時、当局が行方不明者の公表をあまり勧めない空気を感じた。

 智成さんは台風当日の午後4時ごろ、父吉美さん(75)と母の一家3人で自宅向かいの親戚宅に避難した。だが、八重子さんは忘れ物を取りに自宅に戻った際、川の氾濫で身動きが取れなくなり、助けようとした智成さんの目の前で自宅ごと流されてしまった。

 その日から、吉美さんと2人で、八重子さんの行方を捜し続けている。範囲は野田村の安家川河口部までの約20キロ。報道機関に聞かれれば、取材にも応じてきた。9月2日付の本紙にも八重子さんの名前や被災状況、「どんな形であれ、早く見つかってほしい」という智成さんの悲痛な思いが掲載された。

 だがその後、同じことを何度も聞かれるうちに疲弊し、「しまいには、誰とも口をききたくなくなった」。あの消防隊の言葉はこういうことだったのか。この時に理解した。

 9月7日ごろまでに行政から八重子さんの名前を公表するか非公表にするか、意向を確認された。結局、2人は「非公表」を選んだ。

 安家地区の死者・行方不明者は八重子さん1人だけ。警察、消防、住民も早くから捜索してくれているし、すでに名前も報道されていた。その上、同地区は約300世帯の半数が被災していたこともあり、「頼りすぎるわけにはいかない」と吉美さん。これ以上名前を出す必要性を感じなかったという。

 今も八重子さんは、行政が名前を公表していない行方不明者のままだ。智成さんは昨年12月15日の岩泉町の追悼慰霊式への出席も考えていた。しかし、町から「今回は犠牲者の方を対象にしたい」と告げられ、断念した。自宅跡地は安家川の河川改修に伴い用地買収の対象となる見通しだが、まだ先のことを考える余裕もない。取り残されたという感覚はぬぐえない。

 智成さんは、八重子さんを早く捜し出し、再び名前を公表したいと思う。「お世話になった人たちに、見つかったことだけでも伝えたい」

 その日を望み、安家川に足を運ぶ。

【写真=自宅跡から安家川を見つめる小上智成さん。行方不明となった母八重子さんの捜索を続け4カ月がたった=岩泉町安家】



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