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第1部 安否を伝える @薄れる存在

忘れられる…違和感
2017年1月3日

 「お父さん、今どうしていますか。おばあちゃんはいまだ見つかっていません。軽いので遠くまで流されたかも、近くにいるかも。目を凝らすこの頃です」

 昨年12月15日に岩泉町で行われた台風10号豪雨の犠牲者追悼慰霊式。遺族を代表し、お別れの言葉を述べた岩舘慶子(けいこ)さん(77)は涙を必死にこらえ、声を震わせながら、亡くなった夫五郎さん=当時(76)=と行方不明の義母サツさん(91)に語り掛けた。

 祭壇やしおりに記された犠牲者名簿にサツさんの氏名はない。「名前は出ないけど、おばあちゃんに触れないのはおかしい」。本人はいないのに、弔うことができない悲しみ−。慶子さんは行方不明者家族ゆえの喪失感も抱えながら、祭壇の前に立った。

 4カ月前の8月30日。同町穴沢(あなざわ)の自宅から3人で避難しようとして濁流にのまれた。慶子さんが気が付いたのは近所の住民に助け出された後。その間の記憶はない。五郎さんの遺体は発災翌日に見つかり、昨年11月に葬儀を終えた。

 台風10号豪雨による本県の犠牲者は死者20人、行方不明者3人。県は遺体の身元が判明した時点で氏名を公表した一方、行方不明者は家族の同意が得られた宮古市の沢田和利さん(65)だけを公表。サツさんを含む2人は「同意がない」として見送り、性別だけ公表した。

 氏名公表の判断を求められたのは被災後まもなく。「必ず見つかるという思いもあって、(当局には)非公表にと言ったように思う」。慶子さんの長男弘幸さん(37)は思い起こす。

 だが、時間の経過とともに複雑な思いが芽生え始めた。

 サツさん宛ての郵便物は通常通り届き、中には支援物資の案内文書も。慶子さんが役場を訪れると、サツさんが行方不明だということを知らない職員もいた。

 社会的に死亡が確認されていないため、仕方がないのかと思う一方で、弘幸さんは「犠牲者として把握してもらえていないのだろうか」と違和感を感じた。「存在がないかのようで…。このまま忘れられていってしまうのか」

 現在、岩泉町の町営住宅に暮らす慶子さん。被災した自宅に戻ると五郎さんとサツさんが大切に育て、土砂に負けずに生き続ける庭の木々に力をもらう。脇を流れる小本川の近くで1本残ったマツを見て、お盆や正月になると供物を根元に置き拝んでいたサツさんの姿を思い出す。

 「何となく、この近くにいるような気がするんだけど」。いまだ帰らない義母を思い、遠くを見つめた。

【写真=「近くにいるような気がするんだけど…」。複雑な悲しみを抱え、行方不明の義母が暮らしていた家にたたずむ岩舘慶子さん=岩泉町穴沢】



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