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プロローグ 岩泉・救沢集落から

顔が見える地域の力
2017年1月1日

 たとえ大水害に見舞われようと、山里の営みは脈々と続く。台風10号豪雨で約40世帯が孤立した岩泉町門(かど)の救沢(すくえざわ)集落。雪に覆われた崩落斜面、無人の家屋…。傷痕は至る所にあるが、仮設住宅への入居も完了し、住民たちは「ようやく落ち着いて暮らせる」と表情を和ませる。

 あの日から4カ月。顔の見える地域のつながりが命を救い、無事を伝えた。

 2016年8月30日。大雨が峠を越した午後6時、田畑の見回りをしていた山岸貞夫さん(77)は、斜面が崩れ、土石交じりの泥流が自宅に押し寄せるのを目撃した。

 辺り一面の泥沼。妻サイさん(75)は台所にいたはずだ。最悪の事態が頭をよぎる。その時、「助けて」というサイさんの振り絞る声がした。家屋に流れ込んできた土砂にサイさんは腰まで漬かっていた。貞夫さんはなんとか引っ張り上げたが泥水にまみれた体は重く、屋外に連れ出すのがやっと。100メートル先の後藤司(さとし)さん(69)宅に駆け込み、助けを求めた。

 山鳴りが続き、沢がうなる。後藤さんは二次被害の恐怖もいとわず、サイさんをおんぶひもで自宅まで担いだ。骨折していたが、病院に運ぼうにも町道は寸断され、停電で固定電話も携帯電話も不通。ダイヤル式の黒電話に望みを託した。

 「大雪で停電した時に役立った」と、妻たけさん(64)が保管していた。電源が必要なく、電話回線が無事なら発信できるはず。110番につながった。「これで助かる」。9月1日早朝、神奈川県警のヘリで、山岸さん夫妻は盛岡に搬送された。

 救沢の集落長、山岸芳夫さん(67)はこの日までに全員の安否を確認し、山道を約5キロ歩いて役場支所に伝えた。実は救沢を含む小川(こがわ)地区の自主防災協議会は、土砂災害時の避難方法を世帯ごとに記した手引を全千世帯に配布していた。住民主体の先駆的な取り組みにより、誰がどこにいて、どんな支援が必要かも分かっていたのだ。

 地域の担い手は高齢化し、消防団の屯所やバス路線もなくなった。でも、互いに見守り、手を差し伸べる日常がある。貞夫さんは「自分にできることをして、力も借りる。顔を知っている関係だったから、災害の時も安心できた」。そう確信する。

 災害は各地で多発、大規模化し、通信や交通は容易に断たれる。東日本大震災に続き、私たちは再び思い知らされた。「家族は無事か」「友人はどこに」。安否確認のニーズは高まり、個人の存在を証明する名前は、普段にも増して意味を持った。

 だが、都市部に見られる「隣に誰が住み、何をしているか分からない」といった「匿名社会」の広がりは、大規模災害時に安否の確認を著しく困難にする。プライバシー意識の高まりも背景にあるが、個人情報保護を理由に行政が必要以上に公表に慎重になり、私たちも無自覚に受け入れていないだろうか。

 人と人は根源的につながりを求め、社会をつくってきた。だからこそ、互いの安否を気遣い、助け合う救沢のような「顔の見える地域」に、社会の匿名化を押しとどめるヒントがあるはずだ。

 災害から命を守り、存在を伝えるためにも、顔や名前をあなたの「証し」として地域、社会にもっと刻んでいこう。そんな問い掛けを本県から始めたい。

【写真=台風10号豪雨で被災した自宅で救助活動を振り返る(右から)山岸貞夫さん、妻サイさん、後藤司さん。顔の見える関係が災害時に生きた=岩泉町門】



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