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啄木のオルガン
賢治のセロ
トシのヴァイオリンで演奏会。

まさに一期一会ライヴCDをつくりました!

1996年6月30日 盛岡劇場で収録
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●石川啄木のリードオルガン

渋民尋常小学校の備品。
(Yamaba Organ,Hamamatsu,Nippon)No.55962,49鍵、明治30年当時40円。
これまで佐藤泰平が調査した明治期のヤマハオルガン:26台の中で、啄木のオルガンは古い方から4番目。
同じ形のものが他にないこと、また、演奏可能という点で希少価値がある。
製品番号55962から推定して、明治35年頃の製造と考えられる。
1995年11月修復:中村直行(浜松市在住)。石川啄木記念館所蔵。


●宮澤賢治のセロ

セロの内側のラベルには[No.6,Manufactured.Masakichi,Suzuki,Nagoya]とあり、賢治が自分で記したと考えられる<1926K.M.>のサインがある。
その第6号は、鈴木のセロでは最高級品で大正15年当時、170円だった。
昭和7年10月1日、盛岡洋楽協会第1回演奏会が県公会堂第一ホールで開かれ、賢治の親友・藤原嘉藤治(セロ)が主宰する花巻クワルテットも出演した。
おそらくこの演奏会の直前だろうと、私は推測しているが、病床にあった賢治は自分のセロを、50円で買ったという藤原の<孔あきセロ>と取り換える。
そのとき、宮澤家の蔵から賢治のセロを運び、藤原に手渡したのが宮澤清六さんである。
その後、花巻空襲で藤原の<孔あきセロ>も焼失したが、賢治のセロは藤原が大切に保管していた。
そのセロが宮澤家に戻り、初めて修復されたのは昭和32年11月である1995年12月修復:久泉清之(東京・調布市在住)。宮澤賢治記念館所蔵。


●宮澤トシのヴァイオリン

<W5,Manufactured,Masakichi,Suzuki,Nagoya>、明治40年当時10円。
賢治の妹、トシの手製と考えられるヴァイオリン用の布袋に<宮澤トシ子>と自署している。
花巻高等女学校の2代目の音楽教論・鈴木竹松(大正3年東京音楽学校甲種師範科卒、大正3年3月着任、大正5年3月退職)は、課外でヴァイオリンを教えたので、このとき、トシも習ったらしい。
賢治はトシの遺品のヴァイオリンを、花巻農学校の生徒でガラクタ合奏団のメンバーの一人でもある柳原昌悦に貸与した。
柳原は1989年2月に死去。
その後、柳原夫人・こみさんが宮澤賢治記念館に寄贈した。
1995年12月修復:久泉清之


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