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 訃報 
−2018年1月−

 藤沢 祐三氏(ふじさわ・ゆうぞう=紫波・星山小元校長)

 15日午前5時53分、肺炎のため盛岡市内の病院で死去、83歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市三本柳。火葬は18日午前9時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は同日午前11時半から盛岡市西見前の清水寺で。喪主は妻僖佐子(きさこ)さん。

 大船渡・日頃市小校長も務めた。


 伊藤 進康氏(いとう・のぶやす=元花巻・湯口中校長)

 11日午後0時30分、脳梗塞のため盛岡市内の病院で死去、87歳。花巻市出身。自宅は花巻市大通り。火葬は済ませ、葬儀は15日午後2時から花巻市豊沢町の花巻葬祭センターで。喪主は長男俊男(としお)氏。


 千葉 民雄氏(ちば・たみお=奥州・若柳小元校長)

 11日午前1時2分、大動脈剥離のため奥州市内の病院で死去、97歳。奥州市水沢区出身。自宅は奥州市水沢区。火葬は12日午後2時半から奥州市水沢区佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は13日午前11時から奥州市水沢区東大通りのごくよう水沢会館で。喪主は長男教善(のりよし)氏。

 宮古・田老三小の校長も務めた。


 渡辺 三三一氏(わたなべ・さざいち=元釜石一中校長)

 7日午後9時11分、肺炎のため盛岡市内の介護施設で死去、88歳。釜石市出身。自宅は盛岡市南仙北。火葬は11日午前9時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は11日午前11時半から盛岡市愛宕町のメモリアルホールもりおか長安殿で。喪主は長男健郎(たけお)氏。


 村松 孝彦氏(むらまつ・たかひこ=盛岡工高、盛岡中央高野球部監督として甲子園に出場)

 8日午前1時半、肺炎のため滝沢市内の病院で死去、71歳。矢巾町出身。自宅は盛岡市西青山。火葬は11日午前9時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は11日午前11時半から盛岡市名須川町の東顕寺で。喪主は妻則子(のりこ)さん。

 東京農大卒業後、78〜85年に母校盛岡工高の監督を務め、81、82年に夏の甲子園に連続出場。盛岡中央高では99年夏に甲子園初出場を果たした。盛岡工高では79年ドラフト2位の田鎖博美投手(元西武)、81年同4位の小田英明捕手(元日本ハム)らを指導。社会人野球のクラブチーム、岩手21赤べこ軍団(矢巾町)の球団代表も務めた。


 長尾 宇迦氏(ながお・うか、本名長尾豊 ながお・ゆたか=作家)

 2日午前8時半、肺炎のため、八幡平市内の病院で死去、91歳。中国・大連市生まれ、山口県長門市(旧油谷町)出身。自宅は八幡平市松尾。火葬は6日午前11時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘で。故人の遺志により、葬儀は近親者のみで行う。喪主は長男真理男(まりお)氏。

 高校教員を務めながら作家活動し、1964年に「山風記」で第2回小説現代新人賞受賞。69年に高野長英の足跡をたどった「憂国の肖像」を、74〜77年には「野の人伝」を本紙夕刊に連載。「幽霊記−小説・佐々木喜善」が88年、第98回直木賞候補。東日本大震災直後、被災地支援を目的に県内在住作家12人が刊行した2011年の自選短編集「12の贈り物」にも作品を掲載した。


 伊藤 国男氏(いとう・くにお=花巻・南城中元校長)

 1日午後10時55分、肝細胞がんのため北上市内の病院で死去、92歳。花巻市出身。自宅は花巻市諏訪。火葬は4日午前10時半から北上市北工業団地のしみず斎園、葬儀は5日午前11時から花巻市石神町のいしがみ葬祭ホールで。喪主は長女マヤさん。

 花巻・旧前田小、湯口中の校長も務めた。


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