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 訃報 
−2016年9月−

 小野寺 龍巳氏(おのでら・たつみ=元県商工会連合会長、県勢功労者)

 22日正午、すい臓がんのため一関市内の病院で死去、87歳。宮城県栗原市出身。自宅は一関市花泉町花泉字袋。火葬は26日午前10時半から一関市釣山の釣山斎苑、通夜は27日午後6時から一関市花泉町のセレモニーゆずり葉、葬儀は28日午前10時から一関市花泉町の曹洞宗徳寿院で。喪主は妻妙子(たえこ)さん。

 明治大専門部卒業後、東京の出版社勤務を経て、02年から昨年3月まで、義父が創業した同市花泉町の錦袋堂薬局社長を務めた。98年から8年間にわたり県商工会連合会長として中小企業への広域指導、支援体制の構築に尽力した。同薬局会長や社会福祉法人二桜会理事長も務めた。

 県商工観光審議会長や旧花泉町議会副議長も歴任。07年に県勢功労者、02年に勲五等双光旭日章受章などを受けた。


 岩渕 フジエさん(いわぶち・ふじえ=岩渕真幸岩手日報広告社社長の母)

 22日午後7時34分、転移性多発腫瘍のため盛岡市内の病院で死去、88歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市厨川。火葬は26日午前9時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は同日正午から盛岡市本町通の大泉寺で。喪主は長男真幸(まさき)氏。


 佐藤 節夫氏(さとう・せつお=元二戸・御返地中校長)

 21日午後3時22分、腎不全のため二戸市内の病院で死去、86歳。八幡平市荒屋新町出身。自宅は北上市黒沢尻。火葬は23日午後2時から北上市北工業団地のしみず斎園、葬儀は24日午後2時から同市さくら通りのさがみ典礼北上長安殿で。喪主は長男聡(さとし)氏。小軽米中校長、二戸・旧仁左平小中学校長も務めた。


 岸本 敬一氏(きしもと・けいいち=元盛岡市議)

 20日午後3時8分、病気のため、盛岡市内の病院で死去、86歳。盛岡市猪去出身。自宅は盛岡市猪去畑中。火葬は23日午前11時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は同日午後2時から盛岡市上太田の曹洞宗大松院で。喪主は長男純一(じゅんいち)氏。

 75年から盛岡市議を7期務めた。


 堀井 信哉氏(ほりい・のぶや=元遠野農高校長)

 16日午前0時8分、多発性骨髄腫のため、盛岡市内の病院で死去、93歳。福島県出身。自宅は盛岡市中堤町。火葬は19日午前10時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、告別式は19日午後1時から盛岡市青山の青山長安殿で。

 喪主は長男俊一(しゅんいち)氏。


 佐藤 巖氏(さとう・いわお=元奥州・真城小校長)

 9日午前7時9分、細菌感染症のため、奥州市内の病院で死去、89歳。奥州市水沢区羽田町出身。自宅は奥州市水沢区羽田町久保。火葬は11日午前10時から奥州市水沢区佐倉河のさくらぎ苑で、葬儀は14日午前10時から奥州市水沢区羽田町の宝全寺で。喪主は長女の夫庄治郎(しょうじろう)氏。

 一関・旧平沢小校長、奥州・南都田中校長も務めた。


 初貝 良作氏(はつがい・りょうさく=元紫波署長)

 7日午後8時55分、閉そく性動脈硬化症のため、盛岡市内の病院で死去、95歳。奥州市前沢区出身。自宅は盛岡市みたけ。火葬は12日午前9時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は12日正午から滝沢市大釜の東林寺で。喪主は長男正昭(まさあき)氏。

 県警高速隊長や警務部監察官などを歴任した。


 佐藤 章氏(さとう・あきら=元奥州・南都田小校長)

 8日午前4時21分、肺炎のため奥州市内の病院で死去、81歳。奥州市江刺区岩谷堂出身。自宅は奥州市水沢区佐倉河字西関田。火葬は11日午前9時から奥州市水沢区佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は12日午前11時から奥州市水沢区東大通りのごくよう水沢会館で。喪主は長男規(ただし)氏。

 一戸・宇別小校長も務めた。


 工藤 久徳氏(くどう・ひさのり=旧玉山村長)

 7日午後3時13分、致死性不整脈のため盛岡市内の病院で死去、81歳。盛岡市巻堀出身。自宅は盛岡市巻堀字巻堀。火葬は12日午前10時から岩手町五日市の岩手玉山斎場浄霊苑、葬儀は同日午後1時から岩手町川口の明圓寺で。喪主は長男和徳(かずのり)氏

 玉山村議を通算7期務め、90〜92年に議長。92年に同村長に初当選し、4期目途中の06年1月に盛岡市と編入合併するまで務めた。合併後は12年までの3期6年、玉山区長を務めた。


 高橋 令則氏(たかはし・よしのり=元参議院議員)

 3日午前5時50分、心不全のため滝沢市内の病院で死去、81歳。八幡平市出身。自宅は八幡平市野駄。火葬、葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男徹(とおる)氏。遺族の希望で供花、供物、香典は辞退する。

 民間会社勤務を経て1962年県庁入庁。商工労働部長、総務部長を経て88年出納長。工藤巌知事時代の94年副知事となり、95年、参院選の岩手選挙区に新進党の公認を受け立候補し当選。1期6年務めた。

 達増知事の後援会連合会の会長を務めたほか、参院自由党副幹事長、自由党県連会長なども歴任した。


 吉田 禎吉氏(よしだ・ていきち=元矢巾町教育長)

 3日午前4時10分、老衰のため盛岡市内の病院で死去、93歳。矢巾町出身。自宅は矢巾町藤沢。火葬は済ませ、葬儀は8日午前11時から矢巾町又兵エ新田のシンセラホール矢巾で。喪主は長男悦郎(えつろう)氏。

 同町の煙山小、葛巻町・五日市小、旧沢内村の沢内一小、沢内三中の校長を務めた。


 千葉 秀海氏(ちば・しゅうかい=元中里小校長)

 3日午後4時53分、脳内出血のため一関市内の病院で死去、88歳。平泉町平泉出身。自宅は平泉町平泉字毛越。火葬は6日午後0時半から一関市釣山の釣山斎苑、通夜は8日午後5時から一関市赤荻のセレモール清花堂会館、葬儀は9日午前11時から平泉町平泉の毛越寺本堂で。喪主は長男秀覚(しゅうかく)氏。

 陸前高田・生出小校長も務めた。退職後は毛越寺執事長、平泉町教委教育委員長を歴任した。


 須藤 克巳氏(すとう・かつみ=元上田小校長)

 3日午前2時5分、病気のため盛岡市内の病院で死去、88歳。奥州市前沢区出身。自宅は盛岡市城西町。葬儀ミサは5日正午から盛岡市本町通のカトリック四ツ家教会、火葬は同日午後2時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘で。喪主は妻恵子(けいこ)さん。

 二戸教育事務所長、太田東小校長も務めた。


 高橋 保氏(たかはし・たもつ=中古自動車販売業・高橋保自動車商会社長)

 2日午後0時15分、腎う腎炎のため盛岡市内の病院で死去、74歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市仙北。火葬は6日午後1時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は8日午後2時から盛岡市愛宕下の盛岡グランドホテルで。喪主は妻幸子(ゆきこ)さん。

 県中古自動車販売協会長、日本自動車厚生年金基金理事長も務めた。


 伊藤 政博氏(いとう・まさひろ=元久慈署長)

 8月31日午後0時40分、すい臓がんのため、盛岡市南仙北の自宅で死去、69歳。花巻市出身。火葬は5日午前10時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は5日午後1時から盛岡市仙北のセリオホール仙北で。喪主は長男展博(のぶひろ)氏。

 県警交通部参事官兼運転免許課長、交通機動隊長などを歴任した。


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