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 訃報 
−2016年4月−

 佐野 秀一氏(さの・しゅういち=元大船渡市教育長)

 28日午前7時40分、多発肝腫瘍のため盛岡市内の病院で死去、83歳。大船渡市赤崎町出身。自宅は滝沢市鵜飼狐洞。火葬は5月1日午前9時から大船渡市立根町のおおふなと斎苑、通夜は4月30日午後5時から、葬儀は5月1日午後3時から大船渡市大船渡町のアーバンメモリアルホール大船渡で。喪主は長男理(おさむ)氏。

 大船渡・綾里中、同・一中校長を務めた。96年大船渡市政功労者。


 菅野 博之氏(かんの・ひろゆき=菅野博典県議の父)

 28日午後7時38分、こう芽腫のため奥州市内の病院で死去、68歳。奥州市江刺区玉里出身。自宅は奥州市江刺区玉里字高間ケ岡。火葬は30日午前11時から、同市水沢区佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は5月2日午前11時から、奥州市江刺区玉里の信行寺で。喪主は長男博典(ひろのり)氏。


 三上 聡氏(みかみ・あきら=盛岡・城南小校長)

 24日午後4時56分、肺腺がんのため盛岡市内の病院で死去、57歳。久慈市出身。自宅は盛岡市黒石野。火葬は29日午前10時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は29日午後1時から盛岡市愛宕町のメモリアルホールもりおか長安殿で。喪主は妻智子(ともこ)さん。

 八幡平・大更小校長、中部教育事務所長、盛岡教育事務所長も務めた。


 井堂 雅夫氏(いどう・まさお=版画家・染色家)

 23日午前8時45分、胃がんのため京都市内の病院で死去した。70歳。盛岡市出身。自宅は遺族の意向で公表しない。通夜は25日午後7時、葬儀は26日午前11時から、それぞれ京都市左京区の妙満寺成就院で。喪主は妻きよのさん。

 井堂さんは1945年旧満州(中国東北部)生まれ。盛岡市で15歳まで過ごした。染色家の吉田光甫氏(故人)らに師事、72年から木版画制作を始めた。75年三軌会賞受賞。京都や盛岡など美しい景観をモチーフにした作品を国内外で発表。落ち着きのある緑は「IDO GREEN」とも称された。


 田村 啓一氏(たむら・けいいち=田清水産会長)

 21日午後3時34分、脳腫瘍のため盛岡市の病院で死去、80歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市清水町。火葬は25日午前11時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は28日午前11時から盛岡市愛宕下の盛岡グランドホテルで。喪主は長男清記(せいき)氏。

 岩手日報盛岡広華会の会員。葬儀は田清水産、清次郎、田村家の合同葬(佐賀政司葬儀委員長)として行う。


 大沢 東一郎氏(おおさわ・とういちろう=元田野畑村教育委員長)

 21日午前6時40分、筋萎縮性側索硬化症のため盛岡市内の病院で死去、76歳。田野畑村出身。自宅は田野畑村羅賀。火葬は23日午前9時から岩泉町岩泉の岩泉斎場、葬儀は23日正午から自宅で。喪主は妻千世(ちせ)さん。

 一関・千厩東高、岩泉高の校長を務めた。


 宮守 正男氏(みやもり・まさお=元遠野・綾織小校長)

 15日午後7時55分、悪性リンパ腫のため盛岡市内の病院で死去、74歳。遠野市出身。自宅は遠野市綾織町※崎。火葬や葬儀は済ませた。喪主は妻典子(のりこ)さん。

 陸前高田・気仙小校長も務めた。

※は「射」の「寸」が「鳥」


 谷地 実氏(やち・みのる=元平舘高校長)

 17日午後11時46分、肺炎のため北上市内の病院で死去、91歳。遠野市土淵町出身。自宅は花巻市松園町。火葬は20日午前11時半から北上市北工業団地のしみず斎園、葬儀は20日午後2時から花巻市桜台の桜台セレモニーホールで。喪主は弟信男(のぶお)氏。

 浄法寺高、紫波高の校長も務めた。


 柏崎 驍二さん(かしわざき・きょうじ=前県歌人クラブ会長)

 15日午後6時、白血病のため盛岡市内の病院で死去、74歳。大船渡市三陸町出身。自宅は盛岡市。住所は遺族の意向で公表しない。通夜、葬儀は近親者のみで行う。

 1961年、コスモス短歌会に入会。国語教諭として盛岡一高など県内の高校に勤務しながら作歌し、79年にコスモス賞受賞。2010〜13年に県歌人クラブ会長を務めた。11年詩歌文学館賞、16年斎藤茂吉短歌文学賞。歌集に「読書少年」「百たびの雪」「北窓集」など。東北の風土に根差し、方言を取り入れた歌や、東日本大震災の被災体験や情景などを詠んだ。


 関 秀氏(せき・しゅう=前都南幼稚園理事長)

 14日午前8時26分、肺がんのため盛岡市内の病院で死去、86歳。花巻市石鳥谷町出身。自宅は盛岡市三本柳。火葬は17日午前10時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は17日午後1時から盛岡市津志田南の盛岡南典礼会館で。喪主はおい英雄(ひでお)氏。


 樋口 紘氏(ひぐち・ひろし=元県立中央病院長)

 11日午後7時17分、心筋梗塞、心破裂のため盛岡市内の病院で死去、75歳。福島市出身。自宅は盛岡市加賀野。火葬、葬儀は近親者で済ませ、お別れの会を5月15日午前11時から盛岡市愛宕下の盛岡グランドホテルで開く。喪主は弟出(いづる)氏。

 95年から県立宮古病院長、00年から県立中央病院長を6年間務めた。県立病院名誉院長、八角病院名誉病院長を歴任し、本県の地域医療の発展に尽力した。本紙読者の広場で連載している「いわての風」に2月まで寄稿していた。


 田口 虎男氏(たぐち・とらお=元旧浄法寺町教育長)

 9日午後7時5分、うっ血性心不全のため二戸市内の病院で死去。90歳。二戸市浄法寺町出身。自宅は二戸市浄法寺町下前田。火葬は11日に終え、葬儀は15日正午から二戸市浄法寺町寺ノ上の福蔵寺で。喪主は次男英伸(ひでのぶ)氏。

 二戸・御返地小校長、同・浄法寺小校長などを務めた。


 藤原 仁左衛門氏(ふじわら・にざえもん=元盛岡・黒石野中校長)

 9日午後6時7分、肺炎のため盛岡市内の介護施設で死去、90歳。矢巾町出身。自宅は盛岡市月が丘。火葬は13日午前11時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、告別式は13日午後2時から滝沢市牧野林の盛岡北典礼会館で神式で行う。喪主は長男照彦(てるひこ)氏。

 八幡平・田山中と盛岡・仙北中校長も務めた。


 船越 節男氏(ふなこし・せつお=元遠野・旧小友中校長)

 5日午後4時12分、窒息のため遠野市内の病院で死去、85歳。遠野市出身。自宅は遠野市中央通り。火葬は8日午前10時から遠野市遠野町の市斎場、葬儀は8日午後0時半から遠野市新穀町のセレモニーホールやすらぎで。喪主は妻久子(ひさこ)さん。


 千葉 庄作氏(ちば・しょうさく=元奥州・水沢南小校長)

 4日午後1時41分、肺炎のため奥州市の病院で死去、91歳。奥州市前沢区出身。自宅は奥州市水沢区東中通り。火葬は7日午後1時半から、奥州市水沢区佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は8日午前11時から、奥州市水沢区東大通りのごくよう水沢会館で。喪主は長男芳宏(よしひろ)氏。

 金ケ崎中、一関・弥栄小の校長も務めた。


 佐々木 惇氏(ささき・まこと=元盛岡四高校長)

 3月31日午後5時21分、非ホジキンリンパ腫のため盛岡市内の病院で死去、82歳。矢巾町出身。自宅は盛岡市箱清水。火葬は4日午前10時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は同日午後1時から盛岡市名須川町の報恩寺で。喪主は長男孝之(たかゆき)氏。

 軽米高、盛岡市立高の校長も務めた。


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