銘菓「かもめの玉子」の製造・販売に努め、本県を代表する土産物に育てた。津波で2度被災しながらも立ち上がり、地元の経済発展に尽力する。
さいとう製菓としては2代目社長だが、大福やゆべしを作っていた「もち屋」から通算すると、3代目を自負。大福を自転車で売ってから学校に通う毎日だった。
1960年県警入り。直後の5月、チリ地震津波が大船渡を襲った。菓子店も被災し、地元に戻って家業を継ぐことに。手探りの独学で、菓子作りの基本を体にたたき込んだ。閉店後に商品研究に明け暮れ、気がつくと朝になっていた。
かもめの玉子は何度も失敗を重ねた末の苦労の結晶だ。チリ地震津波以前のカステラ饅頭(まんじゅう)を一新し、玉子の形にこだわった。苦労を重ねて機械化に成功。人気商品となり、生産量は1日30万個まで増えた。
原料は可能な限り、県産品や東北産にこだわる。小麦は9割が県産。「ここで生まれ、育ててもらった古里を愛する気持ちが大事。全国にさまざまな菓子がある中で、原材料は地元にこだわりたい」と思いは熱い。
郷土愛は本業以外にもあふれる。震災前から大船渡商工会議所、市観光物産協会、夏まつり運営などの活動を通して地域に貢献。東京タワーさんままつり開催を通して、東京都港区との交流が各方面に波及している。
今回の震災では、自身も被災しながら、県内の避難所で25万個のかもめの玉子を配った。混乱期に食べた甘みは市民の語り草だ。本社は被災したが、4月には山手にあった工場を再開。「かもめは達者だぞ」と発信した。
「かけがえのない古里を大切にしたい」。愛する郷土の復興のため、奔走する。
【写真=2度の津波を乗り越えた看板を前に、菓子製造を通じてさらなる地域貢献を誓う斉藤俊明さん=大船渡市赤崎町・さいとう製菓】