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<震災6年 いま街が見える>
復興工事が進む陸前高田市。かさ上げされていく景色を目にしながら感じていた日々の思いとは。あたらしい街がかたちになる今だからこそ「かつての陸前高田」を大切に、これからの世代につないでいきたいと願う2人の女性に聞いた。



<小森はるかさん>

陸前高田市にある小さな「たね屋」の日々を記録したドキュメンタリー映画「息の跡」。2月の封切り以降、東京の映画館では大きな反響とともに上映延長が決まり、3月11日からは盛岡をはじめ全国で上映される。監督は震災後に岩手に移り住み陸前高田を見つめ続けた映像作家・小森はるかさん(27)。小森監督はどんな想いを込めてこの映画を送り出したのだろうか。

−「息の跡」。とても印象的なタイトルです。

映画「息の跡」を監督した小森はるかさん

雨の日にバスに乗っていると、人が降りた後の窓ガラスに水滴が残っていることがありますよね。「ああ、さっきまで人がここに居たんだな」って分かるような。ああいうものが陸前高田にはたくさん残っていると感じました。だれかの体温が残っているというか、それを温め続けている人がいるんだなと。この映画を作る前から頭に浮かんでいた言葉だったので、完成した作品の内容と合っているか不安でしたが、今はこのタイトルにして良かったと思っています。

−体温が残っているとは、例えばどんなところですか。

映画「息の跡」(C)2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

私は震災前の陸前高田に来たことがないので、建物が建っていたころの街はもう分からないんです。でも、草むらになってしまった道を歩いていると、そこだけきれいに草が抜かれていたり、花が手向けられたりしている場所があります。家の中でも、亡くなった方の遺品を仏壇に飾るだけではなく、日常になじむように置いてあるお宅が多くありました。ここに生活があったんだということが分かるんです。

−静岡市出身で震災当時は東京芸大大学院に通っていた小森監督。陸前高田に移住したきっかけは。

震災の時、私は東京にいて何をしていいか分からなくて。同級生の瀬尾夏美さん(現在画家、東京都出身)に「がれきを片付けたりするボランティアなら私たちにもできるんじゃないか」と誘われて東北に来ました。

最初はカメラを回すとは考えてもいませんでしたが「被災地のことを私たちの代わりに記録して」と地元の方に言われて。それから瀬尾さんはイラスト、私は映像で陸前高田の移り変わりを表現してきました。通うだけでは皆さんの気持ちの変化に追いつけなくなり、現地でアルバイトをしながら住もうと決めました。

−映画では、被災した「佐藤たね屋」の主人・佐藤貞一さんの3年半に密着。佐藤さんは本業のかたわら、「あの日この街で何が起きたのか」を書きつづった文章を、英語や中国語などさまざまな国の言葉に翻訳し、自費出版しています。カメラを回してどんなことを感じましたか。

映画「息の跡」(C)2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

佐藤さんや陸前高田の方々と接していて感じたのは「失ったものとどう向き合うか」ということです。人それぞれ、その表れ方が違う。でも、エネルギッシュに活動している佐藤さんを見ていると、失ったものはどれだけ大きかったかということは想像できました。生き残った者としてこれをやるんだという気持ちが強いんです。

最初は劇場公開するとは考えていなくて、佐藤さんのパワフルなキャラクターだけが独り歩きしないか心配でした。「自分はあそこまでできない」と思う方もいるかもしれない。でもたくさんの方から感想をいただき「どうして母国語で書かないのか」という理由も含めた佐藤さんの複雑な気持ちや、佐藤さんを通じて陸前高田のことを感じてくれているようで安心しています。

−冒頭に話していた陸前高田の体温のようなものが小森さんを引き付けたのでしょうか。

映画「息の跡」(C)2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

うーん、なんだろう。陸前高田の方と話していると「いい街だったんだろうな」と感じます。震災前の話をしてくれる表情もそうですし。皆さん、個人のアイデンティティとして街が含まれているんです。地域の一員なんだという気持ちがちゃんとある。

復興工事が始まった時は私もショックでした。これまで聞いて思い浮かべていた陸前高田の風景や今の姿と、新しい街がどうつながるか想像もできなかった。でも今、地元の方々が自分たちで新しい街を作る姿がもう始まっている様子をみて、少しずつ想像できるようになりました。

−今後はどんな活動を描いていますか

今は仙台市に拠点を移して、瀬尾さんや仲間と一緒に一般社団法人NOOKを立ち上げて活動しています。震災の時は自分が学んでいた芸術は何の役に立つのだろうかと感じていましたが、外国語で文章を書いた佐藤さんをはじめ、いろいろな表現方法で震災を後世に残したいと願う人たちを見て、芸術は本来こういう場所から生まれるのだろうと励まされた思いです。

大きなスポットライトが当たらない「隅っこ」にあるものでも、そこにライトを当てる作業ではなく、そのままの明るさで表現していく。これからもそんな活動をしていきたいです。

映画「息の跡」はフォーラム盛岡で3月11日から公開。順次全国で上映される。



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