岩手日報社は、第49次南極観測隊の夏隊に編集局報道部の鹿糠敏和記者(28)を特派することになりました。鹿糠記者は日本新聞協会加盟の新聞・テレビ各社の代表として今年11月から来年3月まで夏隊に同行取材、記事や写真を岩手日報本社経由で全国の各社に配信します。
昨年9月、社内で全社員を対象に志願者を募り、最終的に鹿糠記者を派遣候補に決定。今年3月、日本新聞協会の全国公募に応募し、6月20日の文科省など関係省庁からなる南極地域観測統合推進本部総会で承認されました。
日本の南極観測は今年、51年目となります。この半世紀の間に、隕石(いんせき)の収集、オゾンホールの発見など世界的な成果を挙げました。近年は、地球温暖化という新たな問題が表れて世界の科学者が大気や氷床の観測に動きだしています。
今年と来年は「国際極年」です。主要プロジェクトは200以上に上り、約60カ国、5万人が参加。研究者たちが北極や南極に関する調査研究を集中的に行います。国際協力上も欠かせない観測となるでしょう。
観測船「しらせ」は老朽化に伴って今回が最後の航海となります。「宗谷」「ふじ」に続いて1983年に就航、船齢25年です。三陸の海とともに生きる県紙の記者が最後の航海に立ち会うことになります。
永田武氏を隊長とする第1次観測隊を乗せた日本初の南極観測船「宗谷」が東京を出発したのは1956(昭和31)年11月8日でした。
日本の南極地域観測事業の育ての親・永田隊長は翌年に帰国。二戸市(当時二戸郡福岡町)を訪れ、本県が生んだ地球物理学の世界的権威・田中舘愛橘博士の墓碑除幕式で「私は博士の孫弟子にあたります。この墓前で南極観測の報告ができたことは非常にうれしい」と述べました。
それから半世紀を経て岩手日報社の若い記者が地球規模の国家事業とそれに取り組む研究者たちの姿を南極から日本に伝える役目を担います。読者の皆様には派遣の趣旨をご理解のうえ支援いただければ幸いです。
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